魚豊が語る、創作の原点と『チ。』アニメ化への思い 「音楽で作品の成功率は90%上がる」
NHK総合にて放送中のTVアニメ『チ。 ―地球の運動について―』(以下、『チ。』)。第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞をはじめ、数々の賞を受賞した作家・魚豊による同名コミックをアニメ化した本作は、地動説を証明するために自らの信念と命を懸けた者たちの物語だ。
魚豊が描く作品の背景には、知性と暴力への深い探求が息づいており、独自の視点が織りなすキャラクターたちのセリフは、アニメーションという新たな表現方法を通じて、多くの人々の共感を呼び起こしている。そんな本作の最終回を前に、作品の誕生秘話やアニメ化に対する思い、学生時代に影響を受けた作品について原作者の魚豊に語ってもらった。
「自分にとって漫画は本音なんです」
――漫画を描かれている際にTVアニメ化のイメージはありましたか?
魚豊:全くなかったです。漫画を面白くしようということ以外は特に何も考えてはいなくて。ある漫画家の方にお会いした際に、「こういうキャラデザ(キャラクターデザイン)にすると造形物になりやすい」とか、「アニメーターが描きやすい形を意識している」という話を聞いて驚きました。「そういう作り方もあるんだ」と思ったと同時に、「何を目的に漫画を描いているんだろう?」とも思いました。
――TVアニメ化について身内の方の反応はいかがでしたか?
魚豊:実は地元の友達には漫画家であることは明かしていないんです。今でもニートだと思われているくらい(笑)。あと、仕事の話は避け続けているので、周りからは本気で心配されています……。
――絵を描くことは昔から得意だったんですか?
魚豊:昔から好きでした。みんなの前で描くのは嫌だったので、僕が絵を描くのが好きというのはあんまり知られていないと思います。
――身内に漫画家であることを明かさないと決めている理由は?
魚豊:自分にとって漫画は本音なんです。しかも、自分の周りは漫画や映画に興味がない人たちが多いのもあって、仕事を明かすことにメリットを感じなくて。僕にとってはそれが心地良いんですよね。
――なるほど。ご友人とは普段、どんな会話を交わすのですか?
魚豊:学生時代はTくんという、とにかく邪悪な性格をした友人とよく一緒にいました。彼は「この町の人間は心が汚い」というように、ずっとネガティブな事を言います。彼の、“別に本音でもないけど、取り敢えず言っておく軽薄な悪意”は自分の刺激になっている部分もあります。僕の地元に来てもらったときも、悪口を言いまくっていて(笑)。次から次へと欠点をあげつらうので、恐ろしく刺激的で興味深い男だなと思っています。
――「地動説」という題材を選んだ理由にT君も関係しているのでしょうか。
魚豊:関係ないとおもいます(笑)。
――現代社会では、経済的格差よりも「知性の格差」が広がっているように感じます。『チ。』で描かれたように、確固たる知性を持つ人はごくわずかしか存在しないとも考えられます。魚豊さんは“知性を持つ意義”について、どのように考えているのでしょうか?
魚豊:はっきりとは言えないですが、知性は「平和を実現するため」か「楽しく生きるため」の2つに使えたらいいなと思っていて。逆に言えばこれらに結びつかないものは知性ではないと思っていて。さらに言うと、プライベートなレイヤーでは、すでに「平和で楽しい」と思えている人には必要ないんですよね。勿論、公的には全然必要ですが。
音楽が作品の世界観を決定づける
――本作は、キャラクターが放つ「言葉」が大きな力を持っています。セリフを考える際に意識していたことは?
魚豊:理屈っぽく聞こえるけど面白いセリフを意識していました。分かりやすくはしたいと思ってましたが、できるだけ冷たく、簡単には言わないという姿勢が見えるように。聞こえる言葉の冷たさの中に、目に見えないアツさがあることを描きたかったんです。
――アニメ制作にはどの程度関わっていたのでしょうか?
魚豊:アニメに関しては、監督の作品であると考えていたので、ほとんどノータッチでした。牛尾(憲輔)さんに音楽をお願いしたいとだけは伝えていましたね。
――アニメにおける音楽のこだわりを教えてください。
魚豊:音楽さえしっかり決まれば、作品の成功率は90%まで上がると確信しています。それと、僕自身が牛尾さんの音楽が好きで、彼のインタビューを見ていて、作品に対して素晴らしいコンセプトアートを作ってくれるのではないかと思っていたんです。
――ちなみに、主題歌はサカナクションが手掛けていますが、どういう経緯でお願いすることになったのでしょうか?
魚豊:話し合いで決まりました。これはもう僕自身が大ファンだったのでめちゃくちゃ嬉しかったですね。最初にアニメ映像のラフと楽曲をいただいた際に、楽曲に自分の作品のエッセンスを感じて……。もうそれだけで「人生を達成したな」って思いました。
――サカナクションで特に好きな楽曲があれば教えてください。
魚豊:たくさんありすぎて厳選するのが難しいのですが、「Ame (B)」、「Aoi」、「ドキュメント」あたりが好きです。実は、「Aoi」みたいな楽曲って珍しい気がして。なので、主題歌「怪獣」を聴いて、「Aoi」の疾走感がありつつ、全く違う味のものを作っていた事に感動しました。