横浜流星の悔し涙に詰まった『べらぼう』の醍醐味 “工夫”のぶつかり合いがもたらすもの
誰もが自分の立場を守りたい。甘い蜜を吸えるものなら、吸いたい。そんなときに「吉原のため」なんて大義名分を並べて若き才能や可能性を意のままに動かそうとするのは、権力を手にし、新たな変革を恐れる人がせずにはいられない一手なのかもしれない。
振り返ってみれば、蔦重だって清廉潔白な聖人というわけではなかった。ときには、利益を追い求めるあまり、ハッタリをかましたり、その場を取り繕ったりすることもある。花魁・花の井(小芝風花)を想う、後の「鬼平」こと長谷川平蔵宣以(中村隼人)に金を出させたり、水に濡らしてしまった礒田湖龍斎(鉄拳)の描いた原画の代わりに、唐丸(渡邉斗翔)が模写したものを入れ替えて事なきを得たり……。それも私たちは蔦重の視点で物語を見つめていたからこそ、その「工夫」が成功したとガッツポーズをしたが、別の視点で見たらその動きも違った印象を持ったかもしれない。
田沼意次(渡辺謙)が暗躍する田安賢丸(寺田心)の養子入り騒動も、ある意味で意次の「工夫」と言える。御三卿の維持にかかる莫大な費用を削減する「倹約」だと大義名分を掲げながら、その実は思うように次期将軍候補を操作しようする「策略」だ。もしかしたら意次が蔦重に言った「工夫」のなかには、そうした大人たちの狡猾さに負けない強さも含まれていたのかもしれない。
人を思うように動かしたい。自分の思い描いた未来に近づけたい。人が何かを欲すれば、そこで幅を利かせている人たちが必死になって阻止してくる。まっすぐに手を伸ばすだけでは手に入らないのが、現実の厳しさ。一枚も二枚も上手な大人たちに立ち向かうためには、その相手のずる賢い視点を上回る視点が必要なのだろう。
蔦重の流した悔し涙、賢丸が思わず叫んだ意次への恨み節。この苦い経験が、彼らを強くするにちがいない。できることなら、この奪い合うばかりの、争いを生む「工夫」の連鎖を断ち切るような、平和な「工夫」が生まれてほしいと願うばかりだ。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK