『嗤う蟲』は新たな“ヒトコワ映画”の快作だ! 田口トモロヲ演じる悪役は間違いなくMVP
ゆったりとした生活を求め、とある夫婦が東京から田舎へ移住した。イラストレーターの杏奈(深川麻衣)と、その夫で、無農薬にこだわった野菜作りを夢見る輝道(若葉竜也)である。山奥の麻宮村に我が家を持ち、丁寧な食事を作り、そんな暮らしをインスタにアップする……限界集落出身の筆者としては、悪気はないのは分かるが絶妙にイラっと来る生活を送る2人(大変なんだぞ。限界集落である俺の実家の近所では、山で野良猫とハクビシンとアライグマが縄張りを巡って血で血を洗う抗争を起こし、イノシシが野生の王として闊歩している)。それはさておき、順調に進むと思われた移住&スローライフであったが、2人の前に麻宮村のリーダー的存在、田久保(田口トモロヲ)が現れる。田久保は2人を新入りとして歓迎し、あれこれお世話をするのだった。2人は田舎特有の積極的な間合いの詰め方に戸惑いつつも、「これも田舎の味だよね」と笑いあう。しかし、田久保と村には恐るべき秘密があり、2人はとんでもない事態に巻き込まれていくのであった。
世の中にはキャスティングで「勝ち」を確信できる映画が存在するが、本作『嗤う蟲』はまさにそれだ。田舎を取り仕切る男が田口トモロヲで、その妻が杉田かおる。そして村を守る唯一の警察官は芸人の中村功太。最悪の顔ぶれである。もう詰んでいると言っても過言ではない。勝利は約束されており、そして実際に勝利している。本作は抜群に面白い。いわゆる田舎スリラー映画として理想的な形であり、同時に「田舎スリラー」だけでは表現できない、人間関係の恐怖を描いた快作だ。
ほのぼの感に憧れて田舎にやってきた人間が、文字通りのムラ社会によって悲惨な目に遭う映画は、ひとつの定番ではある。いわゆる「因習村」という言葉があるほど、村映画はひとつのジャンルだ。近年だと『ミッドサマー』(2019年)あたりが代表作だろうか。本作も同ジャンルに括っていい映画だろう。村へ続く道は橋一本だけで、村の人は全員が顔見知り。このあたりの舞台設定は典型的な田舎ホラーだ。しかし、本作で描かれる恐怖の本質は、人間関係のしがらみである。
ちょっとした日常生活の借りや貸し、あるいは良心や常識を人質に取られ、行動を制限される。そういう体験は、田舎住まいでなくとも、多くの人が経験したことがあるのでないだろうか。極端な話、職場の上司がどんなに嫌な人でも、ブン殴ることはできない。殴るは極端でも、表立って逆らうことや、時には陰口を言うことすらできない。出たくもない飲み会に出て、愛想笑いをしたり。組織や集団の中で生きていく以上、多かれ少なかれ「嫌だなぁ」と思いつつも、そんなふうに自分を殺すことはあるだろう。そんな多くの人にとって当たり前の心理に付け込んでくるのが……本作のMVP、田口トモロヲ演じる田久保である。