『おむすび』翔也が夜に走る姿を想像すると泣けてくる 幸せな結婚の裏にあった喪失と再生
2025年のはじまり。朝ドラことNHK連続テレビ小説『おむすび』第14週「結婚って何なん?」では2010年(平成22年)のお正月に。結(橋本環奈)と翔也(佐野勇斗)が結婚した。
陽光にキラキラ光る神戸の街を肩寄せ合って見下ろしながら、これからの生活に思いを馳せるふたり。シンプルな、たぶん安いペアリングを節約して買った翔也が、指輪がキラキラしてないことを詫びると、結が「キラキラしとう」と言う場面は感動的だ。一時は翔也の肩の怪我がもとで別れの危機もあった。野球選手の夢破れ、これでは結を幸せにできないと思い込んだ翔也と、自分自身を否定する翔也に苛立つ結。でも、それはお互いを思いあっているからこそのすれ違いで。愛情を確認し、ふたりで支え合って生きていくことにする。翔也の将来の夢が絶たれ、経済的に不安にもかかわらず、あえて結婚するという、ある意味攻めの姿勢である。昨今、経済的に不安だから結婚もできないし、子どもも作れないと思い込んでいる若者たちが多いなか、結と翔也の選択は、「こんな考え方もありますよ?」というちょっとした提案かもしれない。
ただ、翔也は職を失ったわけではないし、結も働いているし、ふたりの勤務先の星河電器ははわりと一流企業だと思うので、彼らの選択が誰にでも当てはまるわけではないだろう。
結婚を決めたふたりはにわかに節約生活をはじめる。500円玉貯金はよくあるとして、ケータイでおしゃべりしないようにしたり、翔也にいたってはシャンプーを薄めたり、水筒持参だったり、ティッシュを何度か使ったりと涙ぐましい。そのうえ、大阪の会社から神戸の結の家まで送ってまた走って帰り交通費を節約することまでしていた。その地道な努力は指輪を買うためだったことがあとでわかるのだが。
一見すると、若いふたりの結婚までの、たわいない節約エピソードのようなのだが、一枚皮膜を剥がすと、そこには野球選手を断念した翔也の苦悩が横たわっているように感じる。それを理解するのは、結の栄養学校の同期・沙智(山本舞香)である。彼女はかつて陸上選手として将来を嘱望されながら、練習のしすぎでカラダを壊し、選手活動ができなくなった。彼女は新聞記事で、翔也が怪我のため社会人野球を引退したことを知り、同期に招集をかけ、結に会いに来る。そして、結に、翔也の気持ちをさりげなく示唆するのだ。それくらい恋人であれば気づくものかもしれないが、アスリートのカラダとメンタルは当事者しかわからないこともあるだろう。
この例えがふさわしいがわからないが、「幻肢痛」という現象がある。手腕や足を切断した人が、失ったはずの手足が存在するように思って痛みを感じるというものだ。それまで動いていたものが動かないとき、人はどんな感じなのだろう。翔也のように毎日、運動していた人が急に運動を止めてしまったらどうなるのだろう。筆者には実感できない。でも、例えば、コロナ禍になったとき、毎日、取材等で出歩いて、たくさんの人と言葉を交わしていたのに、ずっと家にいなくてはいけなくなったとき、もやもやした経験を手繰り寄せてみる。この感じは誰もが経験があるのではないだろうか。カラダのなかからわいてくるエネルギーの出しどころがなくなって心身のバランスがおかしくなることが、コロナ禍、あった気がする。筆者は夜中にわーっと声をあげたくなることがあった。翔也はたぶん、そんな感じの、もっと激しいものなのかなと思うし、しかも、自信もなくなっている。だから、神戸からただただ走ることでバランスをとっているのではないか。夜の街をひとり走り続ける翔也のことを思うとなんだか泣けてくる。