接点のない2つの世界を調合する 『オークション』パスカル・ボニゼール監督が語る思惑

リマリッジ・コメディ(再婚喜劇)としての一面

――オロール以外に、アンドレ・マッソンの味方としてもうひとり、元妻のベルティナ(レア・ドリュッケール)が登場します。シビアな業界で働く戦友に見えるので、離婚した元カップルのギスギスした雰囲気があまりありませんね。全盛期ハリウッドのディヴォース・コメディ(離婚喜劇)あるいはリマリッジ・コメディ(再婚喜劇)のような感触がありましたが、いかがでしょうか?

ボニゼール:むかしスタンリー・カヴェルの『幸福の追求:ハリウッドの再婚喜劇』(邦訳は石原陽一郎訳、法政大学出版局、2022年)を熱心に読みましたし、たしかに今回、再婚喜劇というジャンルの読み直しをしようという意識もかなりありました。ハワード・ホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』(1940年)のケイリー・グラントとロザリンド・ラッセルの離婚した夫婦が、報道業界でいっしょに奮闘していくうちに、どういうわけか2度目の新婚旅行を約束してしまうという、ああいう物語を画策していました。シナリオ執筆当初はオロールとアンドレ・マッソンのラブストーリーを考えていたのですが、ちょっとやってみるとあまり面白くないなと思ったのでやめにして、少し設定をずらしたサプライズとして、別れた妻と、労働者青年の女性弁護士(ノラ・アムザウィ)の恋愛にしたのです。

 さすがはジャック・リヴェット映画の元シナリオライターだと思う。いくえにも仕掛けがほどこされていて、謎の下にもまた謎があり、「嘘から出た実」が多面的に折り重なっている。そして、大学卒業後すぐに映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』で批評家デビューした筆者にとって、ヌーヴェルヴァーグを生んだフランスの伝説的な映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』の批評家から作り手に転身したパスカル・ボニゼールは、いわば筆者の大先輩でもある。

 彼が1996年秋に監督デビュー作『アンコール』(1996年)を持って東京国際映画祭のコンペティションで来日した時、梅本洋一、坂本安美、そして筆者の3人は、授賞式のあとに彼をディナーでもてなした。『アンコール』の下馬評がよく、彼自身は受賞の予感を持って授賞式に臨んだようだが、無冠に終わったあの夜、慰労会となってしまった。

ソフィー・フィリエールに寄せて

 最後に、彼の元妻で映画作家のソフィー・フィリエール(1964〜2023)について、まずは哀悼の意を表したあとに、彼女の映画について聞いた。ちょうど2024年12月、渋谷で「カンヌ監督週間in東京」が開催され、彼女の遺作『これが私の人生』(2024年)が上映されるタイミングだったからである。フィリエールはこの作品の撮影終了直後に病死し、仕上げの段取りを子どもたち(アガト&アダム・ボニゼール)に頼んでから逝った。『オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ』のオープニングでも「à Sophie」と献辞が捧げられている。

ボニゼール:ソフィーについて言及してくださって感謝します。私にとっては公私にわたるパートナーでしたが、彼女は何よりも映画の人でした。知名度は高くはありませんでしたが。この12月に娘と息子が東京に行ってプレゼンテーションをする役割を担うよう招待されました。日本を愛する私は「ラッキーな奴らだ。どうして僕は招ばれないのだろう?」とは思いましたけどね(笑)。彼女の映画は本当に独創的なもので、いわゆるコメディではあるけれども、直球ではありません。ずらしたコメディで、言葉の使い方も凝っているので、フランス国外でどこまで受け入れられかは不明です。彼女の作品すべてが彼女自身のポートレイトですが、とりわけ今回の遺作『これが私の人生』は最も彼女自身のコミカルさと残酷さを映し出しています。それゆえに感動的な作品となったのだと思います。

 亡き元妻をめぐる言葉でインタビューを締めくくってくれたパスカル・ボニゼール。ジャック・リヴェット作品ばかりでなく、近年はアンヌ・フォンテーヌ監督(『白雪姫〜あなたが知らないグリム童話〜』『夜明けの祈り』『ボヴァリー夫人とパン屋』)や、ラウル・ペック監督(『マルクス・エンゲルス』等)らとコンビを組んで脚本家としての活躍の場を広げている彼の、最新監督作がかもす神秘さと精緻さの絶妙な調合に、ぜひとも酔いしれていただきたい。

■公開情報
『オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ』
1月10日(金)Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国ロードショー
監督・脚本・翻案・台詞:パスカル・ボニゼール
出演:アレックス・リュッツ、レア・ドリュッケール、ノラ・アムザウィ、ルイーズ・シュヴィヨット
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ、ユニフランス
配給:オープンセサミ、フルモテルモ
配給協力:コピアポア・フィルム
2023年/フランス映画/フランス語・英語・ドイツ語/91分/シネマスコープ/カラー/5.1ch/原題:Le Tableau volé
©2023-SBS PRODUCTIONS
公式サイト:http://auction-movie.com

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