カン・ドンウォンが『戦と乱』で放つ“リアル” 娯楽大作の面白さとわずかな物足りなさ

 逃げ出した王に同行したジョンニョは、チョンヨンへの激しい憎悪と怒りを手にしたことで、武人としての才能を開花させる。それは彼が、生来持っていた共感力と優しさを失うことでもある。ジョンニョは王を守るため、反抗する民を容赦なく斬り殺していく。『ただ悪より救いたまえ』(2020年)でも『密輸 1970』(2023年)でも、ほかのどの俳優とも替えの利かない唯一無二の演技を披露していたパク・ジョンミンは、この役でもそつなく力を発揮。ジョンニョがしばしば一瞬だけ見せる——といっても、見えるか見えないかの——心の揺らぎを繊細に表現する。

 チョンヨンとジョンニョはいつどのようにして再会することになるのか。そのときふたりの関係はどうなるのか。これが物語の最大の軸である。キム・サンマン監督は、映画ポスターのデザイナーとして活躍したのち、パク・チャヌクの『JSA』(2000年)で美術監督を務め、いくつかの映画では音楽監督と作曲も手掛けている多才な人物。監督デビューは2008年で、『戦と乱』が4本目の監督作品になる。手堅い仕事ぶりで見ごたえのある娯楽大作に仕上げているが、パク・チャヌクが演出していたらどんなエッジの利いた作品になっていたのだろうかと、想像せずにいるのはやはり難しい。あちこちにちりばめられたチャヌク特有のアイロニーとユーモアも、少し生真面目に抑えられてしまっているように見える。とはいえもちろん、この出来なら合格点なのだが。

 パク・チャヌクの脚本は、いわゆる「信頼できない語り手」を用いた『シンパサイザー』ほど野心的ではないけれど、チョンヨンのシーンとジョンニョのシーンとのカットバック、過去と現在とのカットバックを駆使した、いわば縦横のカットバックでスリルを高めていく。と同時に、チョンヨンの操る太刀、左手に巻かれた赤い布、玄信の兜などの小道具も活用することで、チョンヨンとジョンニョの重なり合う運命がつむがれていく。極めてパク・チャヌク的な人物である宣祖(ちなみに彼が王宮を捨てて民衆から敵意を向けられたのは史実のとおり)や、威勢のいい女義兵のポムドン(キム・シンロク)など、主役級以外のキャラクターも面白い。

 さて、先ほどから何度か述べているとおり、この映画は娯楽映画である。けれどもそこにメッセージがないわけではない。キム・サンマンはインタビューで、この映画は階級についての映画であり、それは現代にも通じる問題だと述べた(※)。本作において階級制度は、冒頭の宣祖登場シーンから早々に読み取れるとおり、王の統治基盤そのものである。チョンヨンとジョンニョが真に戦っていた相手は誰(何)だったのか。クライマックスのシーンが濃霧に包まれているのは非常に示唆的だ。誰と誰が戦っているのか、彼らはなぜ戦っているのか、そもそも何が彼らを戦いへと向かわせたのか。彼らも、観ているわれわれも、霧のなかでもはやわからなくなっていく。

参照
※ http://www.cine21.com/news/view/?idx=0&mag_id=105951

■配信情報
『戦と乱』
Netflixにて配信中
出演:カン・ドンウォン、パク・ジョンミン、チャ・スンウォン、キム・シンロク、チン・ソンギュ、チョン・ソンイル
監督:キム・サンマン
脚本:パク・チャヌク、シン・チョル
プロデューサー:パク・チャヌク

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