「マルチ商法」はなぜダメなのか? 『西湖畔(せいこはん)に生きる』が描いた3つの理由

『西湖畔に生きる』が描く”マルチ商法の闇”

 具体的に「マルチ商法」がなぜダメなのかを考えてみたい。本作の鑑賞体験を通じて私が感じた理由は、「高い初期投資」「社会的スティグマ」「心理的圧力」の3つだ。

 親族がマルチ商法にはまってしまった経験がある監督は、本作と同じく足裏シートを販売しているマルチ商法の集会に足を運んだという(すごい!)。そこで監督が気づいたのは、彼らのメソッドが「自己実現」と「他者からの承認」という欲求を満たすことにフォーカスしているということだったという。その後、全面的なリサーチをスタートした監督は、中国で有名な事件となったマルチ集団「1040工程」にも潜入したという。被害者を早朝からバスツアーに連れて行き、疲れてきて頭も痛くなってきたタイミングで、洗脳という名の演説を聞かせるのだ。監督はこの体験を通して、「最初はバカらしいと思いますが、インチキでも一見正しそうに聞こえる言葉を次から次へと浴びるうちに、体力が持たず、頭も痛くなってきて、だんだんと話を受け入れてしまうのです。洗脳は頭の良さとは関係ありません。あくまで生理的な、身体ゲームなのです」と語っている。

 「何かを得るには何かを失わなければいけない」の思想に支配されていき、「高い初期投資」を投じてしまう参加者たち。本作でも母が全財産を足裏シートに費やしているが、一時的には自信を手に入れることには成功している姿を描いている部分からは、マルチ商法のリアルを感じた。服装やメイクも派手にし、話し方も饒舌に。同一人物とは思えないほどの変貌っぷりだが、演技内演技というか、足裏シートに“救い”を求めている一番不安定な状態だったというのが考え深い。

 1度、お金のために自ら洗脳者側に立とうとした息子だったが、あることをきっかけに「社会的スティグマ」を体感し、現実に戻ってくる。しかし、どっぷり浸かっていた母親と関係が悪化。これは実際の違法ビジネスでも多く、友人や家族に商品を売り込むことが多い参加者が、人とのつながりとお金の両方を失った際にかかる「心理的圧力」から精神疾患になる者が多いという。

 ラストシーン、夜の山に飲み込まれた母は再び目覚めのチャンスを得た。自然の中にある無慈悲さと同時に、どこか“救い”をも感じさせる風景の対比が、観終わった後も心に深く残り続ける。

■公開情報
『西湖畔(せいこはん)に生きる』
公開中
監督:グー・シャオガン(顧暁剛)
撮影監督:グオ・ダーミン(郭達明)
音楽:梅林茂
出演:ウー・レイ(呉磊)、ジア ン・チンチン(蒋勤勤)、チェン・ジエンビン(陳建斌)、ワン・ジアジア(王佳佳)
配給:ムヴィオラ、面白映画
原題:草木人間/英題:Dwelling by the West Lake/2023年/中国映画/118分/G
©Hangzhou Enlightenment Films
公式サイト:https://moviola.jp/seikohan
公式X(旧Twitter): @seikohan_jp

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