アリ・アスター監督の“創作メソッド”を紐解く 『ボーはおそれている』の製作に至るまで

アリ・アスターと母

 アスターの母ボビー・ルーリーは、ビジュアルアーティストとしても活動する詩人だ。彼女はこれまで病気や自身、そして最も親しい人々との関係についての作品を書き、それに合わせたイラストも描いてきた。アスターのファン目線で、言わば“謎に包まれたお母さん”である彼女の一端を見る上で、2012年、エクレクティカ誌に掲載された「My Son Works in the Museum of Intolerance(私の息子は“不寛容博物館”で働いている)」というタイトルの作品を紹介したい。

 これはアスターの弟についての詩で、彼が母である彼女に「なぜ僕は生まれたのか」「この世界は人間がいない方がよっぽど良くなるんじゃないのか」「ではなぜ僕を産んだの?」と質問する。彼女は産んだ理由として「なぜかって、あなたが私に愛を教えてくれたからだよ」と答えるが、それに対して弟が「でもそれって自己中心的なんじゃないの?」と聞き返すと「私は質問の答えにいつもイエスで答える」という言葉で詩を締めくくっている。

 さらに彼女は自身の「パーフェクト・ブラック・ブレザー」という詩の中で、自分自身の年老いた母と付き合うことに対する不気味さや恐怖、苦痛について綴っている。つまり、母子ともに“母親”というサブジェクトに対する追求が多く、その興味関心は詩人の母から映画作家の息子に“継承”されている、というわけだ。

アリ・アスターが受けてきた映画の影響

 詩人の母、そしてジャズミュージシャンの父の間に生を受けたアスターにとって、おそらく最初の強烈な映画体験は4歳の時のこと。生まれ育ったニューヨークシティである日、母と一緒に映画『ディック・トレイシー』(1990年)を観に行ったそうだ。しかし、劇中ウォーレン・ベイティ演じる主人公が火の中でトミーガンを発砲するシーンがあり、それにビックリしたアスター少年は席から飛び上がると、ニューヨークの街を6ブロック走った。そんな彼を母が必死に捕まえようとした、というのがアスターにとって最初の映画的な思い出だという。彼はその後、家族とイギリスに短期的に住んだこともあったが、最終的に10歳からニューメキシコ州アルバカーキに定住した。

 母の影響か、もともとは作家を志していたアスターだが、脚本執筆を通じて映画制作に興味を持つようになる。特に高校時代には長編映画の脚本を6本も書くほど、映画にのめり込んでいった。なかでも子供の頃からホラー映画に夢中で、地元のビデオレンタルショップのホラーコーナーの作品を全て観たそうだ。だからこそ、今の彼の作品のサブジャンルが全てホラーであることも納得できる。

 そんな膨大なライブラリから『ボーはおそれている』に影響を与えた作品について考えてみるのもいいが、アスター本人曰く、ほとんどの“影響”は脚本執筆時には無意識なもので、撮影に入った時に意識的に見えてくるものなのだと言う。マーティン・スコセッシ監督の『アフター・アワーズ』(1985年)も間違いなく撮影時に脳裏によぎった作品とのことだが、面白いのは例えば最後の裁判シーン。ここは撮影中『天国への階段』(1946年)を想起しながら撮ったものの、仕上げ段階では自身にとって非常に意味深い映画の一つである『あなたの死後にご用心!』(1991年)の方が近いと感じたそうだ。他にも、劇のシーンにおいて『赤い靴』(1948年)、「男根問題に執着する主人公」という共通点を持つ『厳重に監視された列車』(1966年)などが、影響を受けた作品として本人の口から挙げられている。

『ボーはおそれている』©2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

 長い期間を経て再び脚本に手が入った『ボーはおそれている』だが、最初から彼の中で変わらなかったコンセプトは「常にボーがトーンの異なる世界を行き来する冒険映画であること」。中でも映画の物語を繋げる最も重要な要素が「全ての世界が最悪で、彼が向かう先々で打ちのめされること」だったとアスターは同インタビューで語っている。しかし、最初のバージョンの方がもっと「バカらしくてもっと面白かった」らしく、書き換えた現バージョンは「もっと悲しい」作品になったともコメントしていた。

 果たして、『ボーはおそれている』という作品を通してアスターの作家性を超えた“人間性”を暴くことは可能なのだろうか。アスターの作品は、観れば観るほど、考えれば考えるほど、彼の目から見える世界、そして彼自身の内側に惹かれるのだ。そんな映画体験を、過去作とあわせて何度も体感してほしい。

参照
※1.https://variety.com/2023/film/features/yorgos-lanthimos-ari-aster-poor-things-beau-is-afraid-cast-sex-1235821564/amp/
※2.https://letterboxd.com/journal/beau-is-afraid-ari-aster-interview/

■放送・配信情報
「『ボーはおそれている』放送記念!俊英アリ・アスター監督特集」
配信ページ:https://wod.wowow.co.jp/browse/editorial/39049

〈作品ラインナップ〉
・『ボーはおそれている』
WOWOWにて、9月1日(日)22:00〜放送・配信
原題:Beau Is Afraid/2023年/アメリカ
©2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

・『ミッドサマー』
WOWOWにて、9月2日(月)1:10〜放送・配信
原題:Midsommar/2019年/アメリカ・スウェーデン
©2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

・『ヘレディタリー/継承』
WOWOWにて、9月2日(月)3:40〜放送・配信
原題:Hereditary/2018年/アメリカ
©2018 Hereditary Film Productions, LLC

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