森山未來×久野遥子×山下敦弘が『化け猫あんずちゃん』で考えた映像制作の”未来”とは

 実写とアニメーション、それぞれの特徴と美点をロトスコープを用いて融合した、アニメーション映画の傑作が2024年の夏に誕生した。現在公開中の映画『化け猫あんずちゃん』は、いましろたかしの同名原作をもとに、化け猫の「あんずちゃん」の声と動きを森山未來が演じ、映画監督の山下敦弘が実写で撮影、そしてその映像をアニメーターの久野遥子がロトスコープを用いてアニメーションに仕上げた。

 そして日本で作られた映像の背景美術をフランスのMiyu Productionsが担当し、実験的とも言えるほどの取り組みとなった本作。こうした要素のすべてが融合し、日本映画的でありながらアニメならではの表現を獲得した『化け猫あんずちゃん』は、映像表現を一歩先へと進めた力作だ。

 リアルサウンド映画部では、森山、久野、山下の3名にインタビューを実施。この企画はどのようにして始まり、どのようにして具体化したのか。そして制作を通して考えた映像制作の未来について話を聞いた。

2012年の『苦役列車』から本作までの制作経緯

ーー本作がロトスコープで実写化されることになった経緯について教えてください。

山下敦弘(以下、山下):企画のスタートは8年前になります。

森山未來(以下、森山):そんなに前なんですか!

山下:『苦役列車』が2012年に公開されたのですが、その時にプロデューサーである近藤慶一さんが助監督をしていまして、そこで僕が何気なく「『化け猫あんずちゃん』というおもしろい漫画があるんだよ」と伝え、「こういうのをやりたいな」と言っていたのを彼が覚えていたんです。その何年か後にふと再会して、その時彼はもう助監督を辞めてシンエイ動画に移っていたのですが、「山下さん『化け猫あんずちゃん』覚えていますか?」「え、近藤くんにその話したっけ?」と返して笑われました。正直あんずの話を自分がした事を忘れていましたね(笑)。

森山:きっかけからだと12年前くらいになりますね。

山下:そうして少しずつ進めていって、2019年に「東アジア文化都市2019豊島」のPR映像を久野さんと一緒にロトスコープでつくったりして。

久野遥子(以下、久野):2020年にあんずのパイロットフィルムを制作しました。

山下:そのパイロットであんず役を考えていた時に、「こういう企画があるんだけど」と森山くんに声をかけました。森山くんとしては、おそらく座組みを見て、脚本がいまおかしんじさん、監督が僕、撮影が池内(義浩)さんということで、「あ、『苦役列車』のメンバーだ」という感じで参加してくれたんだと思います。「でもアニメなんですよね?」という反応もありましたね。

ーーロトスコープを使うという案は最初からあったのでしょうか。

山下:それは近藤プロデューサーの案ですね。久野さんは近藤くんと『花とアリス殺人事件』で出会ったんだよね?

久野:その時も近藤さんは実写の助監督として参加していて、私はロトスコープディレクターという立場でした。私自身、その時初めて長編作品でのロトスコープを経験しました。その後、近藤さんがシンエイ動画に入社してアニメのノウハウを学んだ時に、「このアプローチで山下さんと一緒に作品を作りませんか?」と提案されました。改めてロトスコープの長所短所を認識していたタイミングだったのでとても興味深いと思い、「ぜひ!」とお返事しました。

山下:なによりも、僕ら二人とも原作が好きだったのが共通点でしたね。

ーー森山さんをキャスティングすることについてはどのようなお考えだったのでしょうか?

山下:あんずちゃん役を考えた時に森山くんの名前がすぐに浮かびました。単純に「猫だったら森山くんが面白いかもしれない」と思ったんです。純粋にそれだけです。

ーー森山さんはこういった座組みで参加することになって、あんずちゃんの役作りや演技についてどのようにアプローチされたのでしょうか。

森山:まさに山下さんがおっしゃった通り、『苦役列車』のメンバーから声がかかったというのが大きいです。それに、実写をアニメ化するというロトスコープの企画自体が単純に面白いと感じました。最初はパイロット版でしたし、どうなるか全く分からない状態で、ちょっとした遊び感覚でした。

一同:(笑)

森山未來

森山:長編になっても、その感覚は残っていました。それはいましろさんの世界観とも合致している部分があると思います。キャスティングについては、山下さんが私を選んでくれたことは嬉しかったですが、身体的な表現への期待もあったのかなと感じました。ただ結局のところ、いましろさんの世界観の中では、猫に限らず、最もアクティブなのは無職のおじさん・よっちゃんくらい(笑)。人間だったらもっとやさぐれた、陰のある部分が出るようなキャラクターだと思います。あんずちゃんの置かれた環境やシチュエーション、パチンコで負けたり、自転車を盗まれたり、無免許で捕まったりと、やさぐれる要素しかないんですが(笑)、あくまで化け猫なので、世俗から解放されているんです。どうしようもないシチュエーションなのに、何にも縛られていないので気が抜けている。そういったリラックスした感覚でずっと演じていました。機敏に動くというよりは、肩の力が抜けているような感覚でしたね。

ーー久野さんも実写パートの撮影に参加されたそうですね。

久野:ほぼ見学に近い形でしたが、ずっと立ち会っていました。途中でコロナに罹ってしまってからは、リモートで見させていただきました。

ーーアニメーションでは日常的な動作を描くのに技術がいると聞きますが、映像を観ると、キャラクターらしさを保ちつつ、人間が演じているようには見えない、でも所作が自然であり、登場人物が“生きている”ようでした。久野さんから見て、森山さんの演技はどういうものでしたか?

久野:本当に、森山さんの演技は素晴らしかったです。過剰なところがなく、丸みを帯びたフォルムになっても残る動きというか、キャラクター性がよく出ていました。また、余分な動きが全くないので、絵に置き換えやすかったんです。最初は私だけがそう感じているのかと思っていたのですが、初号試写の後、多くのカットを描いたアニメーターの方々と話をすると、皆さん「森山さんの演技は描きやすかった」とおっしゃっていました。役者さんの意図した動きと素の動きのバランスが重要で、余計な動きが多すぎると絵としてガタガタしてしまい、過度に生々しくなってしまうことがあるんです。でも森山さんの場合、そういった問題がなく、キャラクターとしての動きに余分なものがないので、そのままスムーズにキャラクターになる。それは皆が感じていたことで、描き手としてはとてもありがたく、良かったと思います。

森山:かりんちゃんの動きだったかな。腕だったか足だったか、歩く時に少し癖のある歩き方をしていたように思います。

久野:そうですね。

森山:それは多分、演じる五藤希愛さんの個性だったんでしょうね。そういった細かい部分に特に面白さを感じました。それが俳優さん自身の癖であり、それがかりんちゃんに反映されることで、キャラクターに個性が加わるような感じがしたんです。あと、アフレコの時は直接見ることができませんでしたが、宣伝用の動画で画面を2分割して実写とアニメを比較しているものがとても面白かったです。鈴木さんと私が寺の境内で座って話しているシーンや、原付バイクであんずちゃんとかりんちゃんが初めて出会うシーンなど、こんなにしっかりと撮影されていたんだなと驚きました。

映画『化け猫あんずちゃん』<実写・アニメ比較特別映像>【2024年7月19日公開】

山下:全員の演技をきちんと拾っていましたね。鈴木慶一さん演じるおしょーさんなんかそのままでした(笑)。鈴木さんの演技は本当にすごくて、アニメにしても違和感が全くなかった。

久野:本当に存在感がありましたね。

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