映画の上映時間は本当に長くなったのか? 歴代アカデミー賞候補作などから検証
長い映画が許される巨匠
第96回アカデミー賞の候補作でも際立って長いのが『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(206分)と『オッペンハイマー』(180分)の2本だ。この2本には監督が「超大物」という共通点がある。マーティン・スコセッシとクリストファー・ノーランについて、今さら映画ファンに説明など不要だろう。特に老境に差し掛かってからのスコセッシには長文癖ならぬ長編癖があるらしく、第86回アカデミー賞作品賞候補作でも『ウルフ・オブ・ウォールストリート』がダントツで上映時間が長い(179分)。
比較例として出した第82回アカデミー賞には候補作に180分超えの作品はないが、最も長い『アバター』(162分)はジェームズ・キャメロン監督、次に長い『イングロリアス・バスターズ』(153分)はクエンティン・タランティーノ監督の作品である。この2人についても今さら映画ファンへの説明は不要だろう。
古くから、ヒット作の続編などのビッグタイトルや超大物監督の作品は、長い上映時間が許される傾向にある。『アラビアのロレンス』(222分/デヴィッド・リーン監督)、『ベン・ハー』(212分/ウィリアム・ワイラー監督)、『ゴッドファーザー PART II』(200分/フランシス・フォード・コッポラ監督、大ヒット作の続編)、『タイタニック』(194分/ジェームズ・キャメロン監督)、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(201分/大ヒットした3部作の完結編)、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(181分/大ヒット作の完結編)などはその典型例と言っていいだろう。『アバター』の続編『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』もアカデミー賞(第95回)で作品賞候補になったが、上映時間は192分で1作目よりさらに長い。ジェームズ・キャメロンが超ビッグネームなのに加え、ヒット作の続編であることも長い上映時間が許されるという側面においてプラスに働いたのだろう。
逆に、上映時間が短い作品を見てみよう。『パスト ライブス/再会』は106分で、候補作10本中2番目に短い。監督のセリーヌ・ソンはまだ30代の若手監督である。『関心領域』は105分で、僅差で候補作中、最も短い。監督のジョナサン・グレイザーは50代後半のベテランだが、CMやミュージックビデオを数多く手掛ける「映画監督」というよりは「映像作家」で、映像業界でのキャリアは長いが、長編映画は本作を含めても4本しかない。
長い作品はスクリーンの占有時間が長くなり、回転が悪い。長いことが許されるにはそれなりの理由が必要なのである。
ネット配信の台頭
ネット配信はここ数年で大きく伸びたコンテンツ産業である。かつては映画を観るには、「映画館に行く」「レンタルする」「テレビ放送を待つ」の三択だったが、現在ではNetflixやPrime Videoなどネット配信で最新作を視聴することが可能である。アカデミー賞の規定上、ロサンゼルス郡、ニューヨーク、サンフランシスコ・ベイエリア、ダラス・フォートワース、シカゴ、アトランタの6都市で最低1週間劇場公開されなければならないため、こういったネット配信作品は配信前に劇場で短期間劇場公開されるのが通例である。
第96回アカデミー賞は作品賞候補作中、『アメリカン・フィクション』(Prime Video)、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(Apple TV+)、『マエストロ:その音楽と愛と』(Netflix)の3本が配信作品である。第82回アカデミー賞にも第86回アカデミー賞にも配信作品は影も形もないが、『最後の追跡』(Netflix)が第89回アカデミー賞で配信メインの作品としては初の作品賞候補入りを果たす。第91回アカデミー賞以降は、配信メイン作品が毎年アカデミー賞で作品賞を争っている。
特に、第96回アカデミー賞の作品賞候補作で上映時間が最長だった『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』に注目してみたい。配信は劇場と違い、途中で視聴を休止して後で見直すことが可能である。おそらくそういった事情から、3時間超えの大長編でも企画が受け入れやすいのではないだろうか。マーティン・スコセッシが『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の前に撮った『アイリッシュマン』も上映時間210分の大長編だが、こちらも配信作品(Netflix)である。『アイリッシュマン』は膨れ上がる制作費に数々の制作会社、配給会社が離脱し、最終的にNetflixが多額の出資をしたことで成立した企画である。そもそもスコセッシが超大物で、企画に価値があるという前提はあったのだろうが、3時間超えの大長編でも配信なら観てもらいやすく、ペイしやすいのではとの思惑がNetflixにもあったのではないだろうか。
また、近年は配信事業者とクリエイターが独占契約を結んだとの話をしばしば聞く。大物監督のデヴィッド・フィンチャーもその一人で、2020年にNetflixと4年間にわたる独占契約を締結している。フィンチャーは独占契約前からNetflixと関係を作っていたが、独占契約後にNetflixオリジナルの『Mank/マンク』と『ザ・キラー』を手掛けている。前者はアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞の主要部門を含む10部門の候補になった。日本でも数々のテレビドラマの脚本を手掛け、映画『怪物』で第76回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した坂元裕二が、2023年にNetflixと5年契約を締結している。
国際化
アカデミー賞はもともとハリウッドの内輪で始まった賞である。アメリカは英語圏で、イギリス、オーストラリア、アイルランド、ニュージーランドなどほかの英語圏から作品や人材が流入してくることは古くから珍しくなかったが、せいぜい「英語圏の先進国の賞」程度のグローバル化でしかなかった。
近年のアカデミー賞は明らかに国際化が進んでいる。作品賞候補に非英語圏の作品が食い込んでくることはかつては稀で、たまにフランス、イタリア、ドイツなどのヨーロッパ非英語圏作品が入ってくる程度だった。
それが第91回アカデミー賞(2018年)以降、必ず一本は非英語作品が候補入りしている。第91回アカデミー賞では、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』(メキシコ・アメリカの共同制作/全編スペイン語)が作品賞候補になり、キュアロンが2度目の監督賞を受賞した。Netflix作品である同作は、配信作品で非英語作品という近年のアカデミー賞傾向を物語る作品である。翌2019年は、韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)が非英語作品では初となる作品賞を受賞する快挙を成し遂げた。第93回(2020年)は本編の半分以上が韓国語の『ミナリ』が作品賞候補、第94回(2021年)は日本映画の『ドライブ・マイ・カー』、第95回(2022年)はドイツ映画の『西部戦線異状なし』(Netflixの配信作品でもある)、第96回(2023年)は全編がドイツ語、ポーランド語、イディッシュ語の『関心領域』とフランス映画の『落下の解剖学』が作品賞候補に入っている。
『落下の解剖学』は152分で、候補作10本中3番目に長い。これは完全に結果論だが、以前のようにアカデミー賞が英語作品ばかり取り上げていたら、もう少し平均上映時間は短くなっていただろう。
「ネット配信」「大物監督」「国際化」。この3つが、映画の上映時間が長くなった要因なのではないか、と筆者は考える次第である。