『ゆとりですがなにか』に表れた宮藤官九郎の“葛藤” 劇場版がすくい上げた時代の空気感

『ゆとりですがなにか』宮藤官九郎の“葛藤”

 2023年に公開された映画『ゆとりですがなにか インターナショナル』のBlu-ray&DVDが3月27日に発売された。

 本作は2016年に放送された連続ドラマ『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)の続編を映画化したものだ。

 監督は水田伸生、脚本は宮藤官九郎。テレビドラマ『ぼくの魔法使い』(日本テレビ系)や阿部サダヲ主演の映画『舞妓Haaaan‼︎!』、『なくもんか』、『謝罪の王様』といったコメディ色の強い作品で組んできた2人だが、本作は他の作品とは一線を画す、社会の変化に翻弄され続けてきた青年たちを主人公にした社会派テイストの群像劇となっていた。


 
 主人公は食品メーカー・みんみんホールディングスで働くサラリーマンの坂間正和(岡田将生)、小学校教師で童貞の山路一豊(松坂桃李)、大学受験に失敗して11浪中で内縁の妻と娘がいる道上まりぶ(柳楽優弥)の3人。

 彼らは1987年生まれの「ゆとり第一世代」で、上の世代からは「これだからゆとりは」と言われる一方、自分たちより年齢が下のゆとり世代に翻弄される日々を過ごしていた。
 
 テレビドラマの第1話で坂間と山路は、ゆとり世代と言われるが全然自覚がなく、土日は塾で厳しい競争を強いられ「お前たちは文科省が生んだ欠陥商品」と言われたことを振り返る。そして、どうにか大学に入って就職が楽勝かと思ったら、リーマンショックで就職氷河期となり、ゆとりを感じたことなんか一度もなかったと言って意気投合する。

 同じゆとり世代と言ってもグラデーションがあり、生まれた時期によって受験や就職をめぐる状況が様変わりする日本社会の問題を浮き彫りにした見事なやりとりである。

 『ゆとりですがなにか』のシナリオブック(KADOKAWA)に収録された宮藤の「まえがき」によると、本作は、水田が坂元裕二の脚本を映像化した連続ドラマ『Mother』(日本テレビ系)や『Woman』(日本テレビ系)の骨太かつ緻密な映像を観た宮藤が、コメディテイストの作品とは違うシリアスなドラマをいつか水田と作って見たいと思ったのが始まりだった。

 その後、宮藤はいろいろな職場で聞く「すいません、自分ゆとりなんで」と若い人の言う言葉にひっかかりを覚えるようになる。だが同時に、彼らの言う「自分ゆとりなんで」という言葉は、中年になった自分が何の抵抗もなく言う「最近の若い奴らって」と同義語で、どちらも世代間の思考停止を招く呪いの言葉なのではないか? と思ったことをきっかけに、ゆとり第一世代の坂間が、後輩の山岸ひろむ(仲野太賀)からパワハラで訴えられる物語を着想し、水田に短いプロットを送ったことでドラマ化の企画がスタートしたという。

 山岸は「ゆとりモンスター」と呼ばれる強烈なキャラクターで、何を考えているのかわからない理解不能な若者として描かれていた。山路の小学校に教育実習生としてやってきた佐倉悦子(吉岡里帆)や坂間の妹のゆとり(島崎遥香)も同様で、上の世代の上司よりも同じゆとり世代に含まれる20代前半の若者のほうが理解不能な存在として描かれていたのが、本作のユニークな切り口だった。

 おそらく、中年になった自分は下の世代とどう向き合うべきか? という宮藤の葛藤が強く現れていたのだろう。

 宮藤は本作を執筆するにあたり「1.ギャグで悩まない」(笑いがなくても成立する物語を目指す)、「2.ギミックを使わない」(物語の力だけで勝負するため、回想シーンの多用や時間の巻き戻しといった、特殊な手法を使わない)、「3.プロットを書かない」(結末を考えずにいきなり書き始める)という、これまでとは違う手法で書くことを肝に銘じたという。

 また、滅多にやらなかった現場取材も今回は何度も行い、ゆとり世代のサラリーマンたちから話を聞き、当事者の生の声を反映させている。

 その結果、『ゆとりですがなにか』はパワハラや世代間格差といったシリアスな社会問題を扱った社会派ドラマに仕上がっている。

 とは言え、それらの題材は宮藤が小ネタにしてきた漫画、音楽、アイドル、テレビ番組といったカルチャーネタと同じ手捌きで扱われており、どれだけシリアスな問題を描きながらも、つねに笑いに満ちている。「笑いがなくても成立する物語を目指す」と宮藤は書いているが、「それでも、笑いに溢れ出していた」というのが筆者の印象で、逆説的に宮藤の脚本と「笑い」は不可分なのだと『ゆとりですがなにか』を観ていると実感する。

 本作以降、宮藤はポップカルチャーをネタにするのと同じ感覚で社会的テーマを積極的に脚本に取り入れる脚本家として急成長していく。その意味でも『ゆとりですがなにか』は大きな転機となった作品だったと言えよう。


 
 岡田将生、松坂桃李、柳楽優弥の3人の楽しい掛け合いや、本作で大きく注目されるようになった仲野太賀、吉岡里帆、島崎遥香たち若手俳優の好演によって『ゆとりですがなにか』はヒット作となり、翌年には続編となるSPドラマ『ゆとりですがなにか 純米吟醸純情編』と山岸を主人公にしたスピンオフドラマ『山岸ですがなにか』がHuluで配信されるほどの人気作となった。

 そして、今回の映画化はSPドラマ終了から6年を経ての待望の続編となっている。平成から令和に元号も変わり、2020年の新型コロナウィルスの世界的流行を経たことで会社ではリモート会議やテレワークが当たり前となった。

 2019年の働き方改革の影響で、過度な残業を部下に強いることがNGとなり、人々の仕事に対する考え方も大きく変化している。

 タイトルには「インターナショナル」とあるが、これは人気ドラマの映画化でよくある物語の舞台を海外に移してスケールアップしたという意味ではなく、グローバル化によって国内の仕事や生活において外国人との交流が当たり前となった現代日本の様子を示している。

 実際、かつて坂間が働いていたみんみんホールディングスは韓国企業に買収されて社名が変わり、山路はタイ人とアメリカ人の生徒を受け持つことになる。

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