『キングスマン』との違いは? 『ARGYLLE/アーガイル』を“虚構”のキーワードから紐解く

 本作が『キングスマン』と異なるのは、この荒唐無稽で都合の良い展開に、自ら批評的な視点を示し、観客に共有させている点だ。本作のストーリーの真相や、ラストシーンの意味は、現時点ではっきりと明示されてはいないが、それがどのようなものであるかという点よりも、さらに興味深いのは、まさにわれわれの観ているスクリーンで映し出されているものが、何であれ“虚構”そのものだという事実を間接的に提示しているという点なのである。

 マシュー・ヴォーンが楽しんだような、かつてロジャー・ムーアが演じた『007』シリーズの楽しさを突きつめていくと、ご都合主義が連続する“虚構”の面白さということに突き当たるはずである。であれば、映画の中身が虚構であることを、むしろ積極的に受け入れ強調すれば、より自由で現実から逸脱した展開を用意することができるのではないか。つまり、娯楽アクション映画にもある程度のリアリティやシリアスな雰囲気が必要となることが多くなってきている現在の傾向のなかで、観客が往年の映画の楽しみ方を受け入れやすくなるよう、「小説」と「作者」という虚構を生み出す要素を本作でわざと提示したと考えられるのである。

 注目したいのは、そうやって描かれるものが、これまでのスパイ作品とも異なるような着地になっているという部分だ。本作の冒頭では、ヘンリー・カヴィル、デュア・リパ、ジョン・シナらによる、「ステレオタイプ」といえるようなスパイアクションが展開する。実際に『007』の主人公ジェームズ・ボンド役の候補ともされ、『コードネーム U.N.C.L.E.』(2015年)や『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2018年)でスパイ役を演じているとともにスーパーマン役すら務めているヘンリー・カヴィルと対比すると、サム・ロックウェルはその代わりのような理想的存在にはなり得ないと思えるし、デュア・リパが体現したような、いかにもスパイ映画に登場するイメージと、主人公のエリーはかけ離れている。

 だが、こういった往年のスパイ映画そのものの“キメキメ”な俳優でなければ、スパイ大作映画は成立し得ないのだろうか。ブライス・ダラス・ハワードは、アメリカのTV局NBCの番組や、ピープル誌の取材に、自身の体型について話をしている。彼女は、子どもを産んでから「ベイビー・メイキング・ヒップ」と呼ばれる、子どもを産むのに適した大きなお尻になったことを好ましくようになったと語り、「私が問題にしているのは、自分の体が何をするのか、何ができるのかです」、「もし自分をキャスティングしたいなら、現在の自分のことを評価してくれることが必要です」とも述べている。そして、『ジュラシック・ワールド』シリーズでスタジオ側から減量を求められ、やんわりと拒否していたことも明かしている。ちなみにシリーズの中心的存在であるコリン・トレヴォロウ監督は、ハワードの選択を支持しフォローしていたようである。(※)

 また、ハリウッドでは長く活躍できる男性の俳優が多い一方で、娯楽大作で重要な役を演じていた女性の方は40歳を超えると、それまでのようなオファーが急激に来なくなってしまうという慣例もあるようだ。40代となったハワードの役柄は、そんな年齢の壁も打ち壊したことになる。マシュー・ヴォーン監督は、それらを諸々と承知した上で、ハワードと役について協議をして正式にオファーしたのだという。エイミー・シューマーやメリッサ・マッカーシーのような、コメディ俳優たちは、基本的にその限りではなかったが、本作はコメディ色は強いものの、ハワードの年齢や体型をユーモアの部分で消費させるようなアプローチは、基本的にとっていない。その意味で本作は画期的な一作になっているといえるだろう。

 年齢も体型も、娯楽アクション大作映画の基本から外れたブライス・ダラス・ハワードや、その演技とキャラクターに魅力がなかったと感じた観客は、少なかったのではないだろうか。むしろキャラクターに親しみをおぼえたり、本来の彼女の個性を自然に楽しむことができたはずである。劇映画は結局のところ虚構であり、多くのスパイアクション映画はそもそも荒唐無稽だ。であれば、大抵のイメージを表現することができる現在、さまざまな個性をさまざまな役柄で楽しむことも自在なはずなのである。それを許せない、おかしいと感じるのであれば、その人の美の基準が狭かったり、従来の固定観念に縛られているのかもしれないと思えるのだ。

 本作『ARGYLLE/アーガイル』は、虚構性を強調することで、往年の娯楽作品の魅力を再現しながら、同時にこれまでにあまり見られなかったアプローチで、新たな映像表現、新たな物語を提供することに成功している。今後、続編が予定通り公開されるのか、『キングスマン』シリーズなどとのクロスオーバーがあるのかなどの見通しまでは分からないが、少なくとも本作が新たな扉を開こうとする作品に仕上げられたということは、確かなことである。

参照
※https://www.today.com/health/bryce-dallas-howard-body-comments-rcna137060)
※https://people.com/bryce-dallas-howard-done-talking-about-her-body-8558021)

■公開情報
『ARGYLLE/アーガイル』
全国公開中
出演:ヘンリー・カヴィル、ブライス・ダラス・ハワード、サム・ロックウェル、ブライアン・クランストン、キャサリン・オハラ、デュア・リパ、アリアナ・デボーズ、ジョン・シナ、サミュエル・L・ジャクソン
監督:マシュー・ヴォーン
脚本:ジェイソン・フュークス
製作:マシュー・ヴォーン、アダム・ボーリング、ジェイソン・フュークス、デヴィッド・リード
製作総指揮:アダム・フィッシュバック、ジギー・カマサ、カルロス・ペレス、クラウディア・ヴォーン
配給:東宝東和
©Universal Pictures
公式サイト:https://argylle-movie.jp/

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