『ゆびさきと恋々』の“挑戦”に拍手! すべての人の世界を広げる誠実な映像化に
次に演出面について考えてみたい。今作で最大の注目ポイントは“音”だ。卓越した映像表現もさることながら、本作は“音を観る”アニメと言っても過言ではない。
第1話で言えば雪がオシャレをするシーンの衣擦れの音、ドアの開閉音、車の駆動音、靴の足音、扉の前にある鉄のパレットを踏む音、スマホの振動音、LINEの着信音……そういった、どこにでもあるような環境音がとても大切に表現されていた。それは雪の世界の部分的な表現であり、同時に視聴者が普段、何気なく見過ごしてしまっている世界だ。その音を多く示すことで、身近にありながらも気が付いていない音を多く表現している。
ここで村野監督は原作第1話の2ページにおける音の表現に着目したと語っている。原作では電車内の環境音が、読めない記号のように表現されているが、これは雪の聞こえない世界を可視化した漫画表現だ。TVアニメではクリアな音として表現されているが、その環境音をさらに響かせることで、単なる状況を示す音を超えた意味を持たせた演出となっている。(※)
さらに手話についても触れておきたい。今作の脚本を務める米内山陽子は脚本業とともに手話指導などでも活躍している。手話表現をアニメで行うのは繊細な動きと演技が要求されるため、難しいことだが、そこから逃げることなく表現することに挑戦している。これらの正確性は手話を理解していない視聴者を相手にする時は、適当でもおそらくTVアニメだからと流されてしまうだろう。しかしその派手さも少ない表現の正確性に挑むことにより、より作品の根幹に流れる思いを汲み取り、表現しようという誠実な映像となっている。
これだけの苦労の先に、雪たちが確かに存在し、息遣いを感じるような表現を感じさせる。そしてそのさらに先には、視聴者を含めて世界を広げる、世界を知ることの大切さが伝わるようになっている。この挑戦的な作品に対して、多大な拍手を送りたい。
参照
※ https://go-dessert.jp/news/yubisaki_int2023.html