『ゴールデンカムイ』にみる原作と映画の関係性 今後の実写化映画の可能性を考える

 一方で、このような状態になってくると、一本の映画を映画そのものとして楽しもうとする観客にとって、果たしてそれがメリットになるのかという疑問も生まれてくる。原作の魅力を忠実に再現することをひたすらに求めるのなら、そもそも、実写化する意味が希薄になるのではないか。そこまで原作の神聖視が行き過ぎると、もう原作だけを楽しめばいいという話になってくるように思えるのである。

 例えば本作公開前に劇中のビジュアルが発表されたとき、「杉元の着用しているマフラーがあまりにきれい過ぎるのではないか」といったような意見が注目を集めた。杉元やアシリパの衣装は、実写世界のリアリティでいえば、日々の生活のなかでそれなりに汚れているのが自然だが、ここではそれよりも、“原作らしい”コミック的な見た目の方が優先されているように思える。

 本作で描かれた原作の要素を見ていても、『網走番外地』シリーズや、『用心棒』(1961年)、『八甲田山』(1977年)など、意識的、無意識的にかかわらず、これまでの日本の映画作品を思い出すような描写や展開が非常に多い。その意味で本作は、むしろ邦画作品の側にもっと寄せた方が、真価を発揮したのではないかと思えるところがある。

 だが、実写映画ならではといえる点も、もちろん存在する。本作では久保茂昭監督のこだわりにより、北海道でのロケが中心となっている。そのおかげで、スクリーンを観ている側も震えがくるような、極寒を感じられる映像が撮りあげられている。真冬の北海道でのロケは危険だと考えられるが、この実際の雪景色によって、描写の数々に説得力が生まれている点については、実写化した意義が見て取れる部分だといえよう。

 また、最初にヒグマが登場する場面の演出は、文句なく素晴らしい。山﨑演じる杉元の背後で、ピントが合っていないぼやけた部分から、次第に巨大な熊が迫ってくる映像は、“杉元が迫り来る危険を意識できていない”というサスペンス効果を劇的に高めるものであり、数々の熊の恐ろしさを描いた既存の映画作品のなかでも、出色といえる瞬間だったといえる。このような、実写映画ならではの表現こそ、本作を真に楽しめるといえる部分なのではないだろうか。

 これ以降のストーリーにも、さまざまなポテンシャルが存在する題材だけに、このような工夫ある演出を見せてくれるのであれば、本作の続編も楽しみにしたいところだ。しかし、その際に別の角度から懸念があるのは、アイヌを重要な要素として描いてきた原作漫画の結末について、一部で批判が存在するという事実だ。

 アシリパのキャラクターを中心に、“かっこいいアイヌ”が描かれた点についても、漫画『ゴールデンカムイ』は評価されている。実際のアイヌの一部の人々からも、歓迎する声が挙がっているのも確かなことだ。その一方で、アイヌと和人が手を携えていく展開を踏まえて、あらためて作品全体や、現実の状況とのギャップを振り返ったときに、“アイヌが「和人」から民族的に受けてきた被害や差別を矮小化するイメージを植え付ける結果になるのではないか”という趣旨の意見も出てきているのである。

 今後、続編が続いていくのだとすれば、このあたりを、とくにアイヌからの批判的な立場を汲み取ったかたちで、より妥当な描き方へと修正していく試みをしてもよいのではないかと思うのである。さまざまな意見が出ているとはいえ、そういうところに耳を傾けることをしなくては、アイヌを尊重しているという立場をとっている作品そのものに矛盾が発生することになるからである。だが果たして、前述したような、原作を最大限にリスペクトし、できるだけ忠実に内容を再現しようとする製作体制で、本当にそのようなことが実現できるのかという疑問も浮かんでくるのだ。

 先日、アメリカ先住民役を、アメリカ先住民のルーツを持つ、当事者の俳優たちに演じさせた『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年)から、リリー・グラッドストーンが、アメリカ先住民として初めてアカデミー賞主演女優賞にノミネートされるというニュースが報じられた。本作にも、アシリパの大叔父の役に、アイヌとしてアイヌ文化を振興する活動をしている秋辺デボがキャスティングされている。少なくともキャスティングに限って言うならば、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の快挙に比べると、限定的な施策にとどまっているといえるが、その試み自体は評価すべきだろう。少なくとも、多様性への視点が製作陣に欠落しているわけではないのは確かだ。そうであるならば、映画は映画として、よりアイヌの人々に配慮した方向へと舵を切ることも期待したいところだ。

 本作のワンシーンには、言葉が通じなくとも、その奥にある感情を読み取ろうとする描写がある。そのように相手の声に耳を傾け、想像力をはたらかせる先に、本作が到達するべき道があるのではないか。原作は、変えてはならない聖典ではない。後の作品がストーリーに変化を与えられるチャンスがあるのであれば、映画『ゴールデンカムイ』を、原作を乗り越えた、さらに高次元の作品へと、映画が書き変えていくこともできるはずである。それは難しい道かもしれないが、そのような新たな試みがあってこそ、「映画実写化に真の意義があった」と、心から言えるのではないだろうか。

※アシリパの「リ」は小文字が正式表記。

■公開情報
『ゴールデンカムイ』
全国公開中
出演:山﨑賢人、山田杏奈、眞栄田郷敦、工藤阿須加、栁俊太郎、泉澤祐希、矢本悠馬、大谷亮平、勝矢、高畑充希、木場勝己、大方斐紗子、秋辺デボ、マキタスポーツ、玉木宏、舘ひろし
原作:野田サトル『ゴールデンカムイ』(集英社ヤングジャンプ コミックス刊)
監督:久保茂昭
脚本:黒岩勉
音楽:やまだ豊
アイヌ監修:中川裕、秋辺デボ
製作幹事:WOWOW・集英社
制作プロダクション:CREDEUS
配給:東宝
©野田サトル/集英社 ©2024映画「ゴールデンカムイ」製作委員会
公式サイト:kamuy-movie.com
公式X(旧Twitter):@kamuy_movie
公式Instagram:@kamuy_movie

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