アニメ『鬼武者』が示唆する現代の重要なテーマ 主人公のモデルとなった三船敏郎から考察

 一方で本作の三船敏郎は、リアルな三船から、むしろ遠ざかっているのではないかという疑問を感じてしまうところもある。確かに、このCGアニメーションによるキャラクターは、三船らし過ぎるほどに三船っぽく、多くのファンが期待するそのままの姿だといえる。だが、実際に三船が現代にこの姿で生きて存在し、この作品に出演することを快諾したとしたら、三十郎のような演技をいまさら自己模倣することを了承するとは想像しづらいのだ。

 それは、過去の仕事への自負やスター俳優としてプライドがあるはずだからである。この問題は、故・松田優作をゲームシリーズにキャスティングしたときにも感じていたことだ。遺族が了承したとしても、クリエイターが故人を生きているかのように扱い、欲しい姿や演技を抽出して活躍させるというのは、たとえ法的な問題をクリアーしていたとしても、倫理的な点では“しこり”が残るはずである。

 もちろん、筆者が故人である三船敏郎や松田優作の心情を代弁できるとは思っていない。だがそれは、本作の作り手たちも同様なのではないか。本作が三船プロダクションの許可を得て、監修を経た作品であることは確かだし、一定のリスペクトがあるのも感じられる。しかし映像技術が向上し、リアリティある人物の表現ができるようになったいま、故人の演技を後世のクリエイターが再現することの是非は、より深刻なものとなっている状況がある。

 折しもハリウッドでは俳優組合が、AI技術が人間の演技に取って代わろうとする状況に異を唱え、大規模なストライキを敢行したばかりだ。CGが生身の俳優に置き換わることについては、ヴァル・キルマーがバットマンを演じた、『バットマン・フォーエヴァー』(1995年)で、CGアニメーションによって一つのシーンを完成させてしまった事例から俳優組合が懸念を示していたように、俳優の権利や人間の尊厳にかかわる表現の問題は、今後も課題となっていくことになるだろう。本作は、そのことをかなりダイレクトに考えさせる事例となっている。

 同時に、三船敏郎を主役に置いたことで、好意的に見られる点も少なくない。線の細いタイプの俳優が多くなった印象がある、現代の日本のエンタメ界から見ると、骨太で豪快、男くささのある三船敏郎というスターは、とくに得難い存在だったということが、本作を観ていると再認識させられるのだ。日本社会が高齢化の一途を辿っているにもかかわらず、エンタメ作品は子どもや青年期のアイデンティティの問題をいまだに多く描いていて、大人が、大人の課題やテーマと対峙するような内容はそれほど作られていないと感じるのである。

 そういう目で見たとき本作は、その不足を補う内容があるのではないかという印象を持つ。宮本武蔵といえば、強さをがむしゃらに求めて走り続けた存在だが、剣豪と崇めたてまつられらようになって後、死を前に奥義をまとめた書物「五輪書」をしたためるといった、落ち着いた時期もあったのだ。その書は現代でも読み継がれ、よくビジネス本にも引用されることなどからも分かるように、剣術の「ハウツー本」にとどまらず、哲学的な要素が含まれる、生きる上での普遍的な内容になっている。

 本作は、強さを追い求めて鬼の力を借りた者が、その強大な力に依存していき、いつしか非人間的な存在になってしまうという構造を持っていて、それはあるキャラクターもセリフで指摘している。しかし、それは宮本武蔵の晩年の人物像からは離れているといえよう。つまり本作は、ただ闇雲に強さを欲していた武蔵が、哲学的な思考へと至っていくターニングポイントを描いたといえるだろう。

 それは、中年以降の視聴者にとって切実な問題といえる。壮年期の終わりに差しかかる世代が、バリバリ仕事ができるというアイデンティティを失い始めたとき、自分が生きる理由、存在する理由をも見失ってしまうのだ。本作でも武蔵に体現させているように、肉体は衰えていく一方である。そこで本作は、精神的なありようが重要だと示唆している。海全という僧侶の生き様を通して、人は何のために生きて存在するのかを描き、その精神的な部分を武蔵の重大な決断へと引き継がせている。

 人は、精神的な強さと他人の苦しみを想像する優しさがなければ、“鬼”と化していくしかないのではないか。現実の世界で、仕事を引退した世代が周囲に高圧的に振る舞い、「暴走老人」などと呼ばれるケースが増えている背景には、このような問題があると考えられる。その意味で、本作が描く大人の成長のテーマには、切実な意味が込められていると考えることができるのだ。

参照

※ https://dengekionline.com/soft/recommend/onimusya2/rec_oni2.html

■配信情報
Netflixシリーズ『鬼武者』
Netflixにて独占配信中
総監督:三池崇史
監督:須貝真也
脚本:倉田英之
声の出演:大塚明夫、木村良平、関俊彦、大塚芳忠、山下大輝、木村昴、小西克幸、興津和幸、古川慎、山根綺
音楽:遠藤浩二
主題歌:マネスキン「THE LONELIEST」(ザ・ロンリエスト)
キャラクターモデル:三船敏郎
キャラクターデザイン:キム・ジョンギ、マニリン・トレダナ
制作:サブリメイション

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