『マーベルズ』キャラクターを愛せるコメディ映画としての成功 映画作りとしての課題も

『マーベルズ』の成功と失敗を考える

 そんな彼女の成長譚に、モニカの存在は欠かせなかった。彼女は幼い頃から“おばさん”が宇宙から約束通り、すぐに帰ってきてくれると信じていた。その期待を裏切られながらも、やはり尊敬しているし大切に思っているモニカの複雑な気持ちと、キャロルとの絶妙に気まずい距離感は非常にリアルだった。カマラのお姉さんとして彼女を気にかけながら、キャロルへの理解も示していく。チームに不可欠なバランサーとして存在していたが、もう少し彼女自身の物語も描かれていたらよかったかもしれない。最終的にモニカは自分自身を犠牲にして、時空の穴を塞いだ。ある意味、スーパーパワーを得た彼女の“ヒーロー誕生譚”でもあったわけだが、今後はX-MENが本格登場するユニバースでの活躍に期待をしたい。亡くなった母と瓜二つの「バイナリー」は、原作コミックではキャプテン・マーベルの強力形態であり、X-MENとタッグを組んでいたという。つまり、モニカはこれから“もう一人のキャロル・ダンバース”とチーミングすることになるのかもしれない。

 とにかく3人がわちゃわちゃしているだけで画面が楽しくて、わざわざ“ガールズパワー”を強調せず“普通”に仲良くしている関係性はとても良かった。もちろん、フラーケンのグースも大活躍し(序盤にキャロルの肩に乗って相棒として共闘するシーンは最高)、子猫たちのコメディも良いくだらなさがあって、本作は全体的にはキャラクターを愛せる映画だった。しかし、“映画”としてのクオリティが高かったかというと、残念ながら首を横にふらざるをえない。

1時間半の映画作りは本当に功を奏したのか

 さて、本作の特筆すべき点はその上映時間の短さだ。105分という数字はMCU映画史上最短を意味する。それだけでなく、昨今はマーベルに限らず、とにかく映画の上映時間が長くなる傾向が高く、『アベンジャーズ/エンドゲーム』の181分にビビっていた頃が懐かしい。だからこそ1時間半から2時間未満で観られる手軽さが、心底ありがたい。「短い映画が良い、長い映画が悪い」の話ではなく、単純に「映画ってこんな覚悟を決めて観なきゃいけないものだったっけ?」という疲れが事実としてそこにあり続けたのだ。特にヒーロー映画は長尺になりがちで、フェーズ5にもなってほとんど誰も言及しない『エターナルズ』が『アベンジャーズ/エンドゲーム』の次に長い156分だったことは、なんとも言い難い。

 だから『マーベルズ』の監督に就いたニア・ダコスタがDigital Spy誌にて「マジで(本作を)2時間以内に収めたかったんです」と語っているのを読んで、好感を覚えた。リメイク版『キャンディマン』で新進気鋭としての手腕を発揮した彼女は、映画制作においては常に上映時間のことを考えていること、必要以上に長くしないための意識を同誌で明示していた。その姿勢に賛同すると同時に、マーベル映画をどのように2時間以内に収めるのか期待していた身としては、『マーベルズ』は皮肉にも“短すぎた”ように感じる。そう感じさせたのは、映画のテクニカル面における問題だ。

 物語の内容、その厚みに対して105分の上映時間は適切だった。しかし、編集があまり上手くいっていないように感じ、シーンとシーンの繋ぎ目は荒かった。駆け足で展開が進むせいで、映画自体が丁寧な作りになっていない印象を持たせるのだ。カマラが映画の序盤で母から贈られたスーツを着ていたのに、いつの間にか“チェンジバトル”の最中に部屋着に切り替わっていたり(私が見落としてしまっただけかもしれないが……)、そのせいで彼女にとって母との和解と絆を意味する非常に大切なスーツではなくパク・ソジュン演じるヤン王子が突然用意した新しいスーツを着て戦うことになったり。ドラマで自身のルーツを辿りながら集めた素材で作られたスーツを着て大きなスクリーンで活躍する彼女を楽しみにしていた身としては、少しがっかりだった。

 パク・ソジュンの登場シーンも“客寄せパンダ”の域を出なかったように思う。ヤン王子に関しては、原作でキャロルと成り行きで一時的に結婚相手になるエピソードがあるのだが、劇中では何の背景も説明されない。コミックでは彼の惑星アラドナに「女性が伴侶の男性を選ぶ権利があり、男性に拒否権がない」というルールがあって、ヤン王子も不本意な婚姻を迫られていた。そこでキャロルに助けを求め、彼女は彼と結婚相手になるだけでなく、ヤン王子に自分で結婚相手を選べる権利を与えたのだ。このエピソードはフィクションの世界で度々描かれるお姫様の望まない婚姻をジェンダーリバースして描いただけでなく、結婚における自由を求め、解放させる深い意味があった。しかし、原作の持つメッセージ性を伝えるどころか、背景も何もかも上映時間短縮のためにカットし、とりあえず歌って踊るパク・ソジュンとブリー・ラーソンを映しただけのシークエンスになってしまった。

 本作は、大きすぎる期待を抱かなければ、さらっと観られる映画として楽しめるコメディ映画ではある。劇中のキャラクターたちも、皆愛おしい。しかし、彼らの物語を適切に描けていたかというと、やや疑問が残ってしまった『マーベルズ』。マーベル映画は昨今、VFXを巡る問題やプロットホールばかりの脚本を指摘されることが多い。やはり、今後の課題はテクニカル面をクリアしつつ、いかに登場人物に十分なキャラクターアークを与えられるか、それを描き切ることができるか、なのかもしれない。

■公開情報
『マーベルズ』
全国公開中
出演:ブリー・ラーソン、イマン・ヴェラーニ、テヨナ・パリス、サミュエル・L・ジャクソン、パク・ソジュンほか
監督:ニア・ダコスタ
製作:ケヴィン・ファイギ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©Marvel Studios 2023

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