『いちばんすきな花』は“静かな時間”こそが魅力に 時代の空気を掴む脚本家・生方美久
物語よりもテーマが全面に出ているドラマなので、戸惑う部分も多いが、他人と共有することができない生きづらさや、日常生活の中で感じる違和感の告白を役者のセリフを通して生方が表現しているドラマだと考えると、凄くわかりやすい作品だとも言える。
このあたりは恋愛ドラマという枠組みが最後まではっきりとしていた『silent』とは正反対の作りだが、生方美久の作家性がより強く表れているのは『いちばんすきな花』ではないかと感じる。
筆者にとって『silent』は、とても不可解な作品で、ストーリーは理解できたが、登場人物の気持ちがまったく理解できず、観ていて何度も挫折しそうになった。
いろいろ悩んだ末に、これはおじさんになった自分には理解することができない若い人の繊細な感覚を恋愛ドラマという器の中で描いた作品なのだと受け止め、わからないこと自体を楽しんだのだが、『silent』を観ている時に感じた理解しがたい感覚、おそらくそれこそが生方美久という脚本家の作家性であり、今の若者世代が感じている漠然とした気分なのだろう。
時代の気分としか言いようがない漠然とした空気を掴んでいるという意味において、生方は現在、もっとも先鋭的な表現に挑んでいるドラマ脚本家だが、『いちばんすきな花』で描かれている空気はより先鋭的で、『silent』以上に今の時代を生きる若者の気分を反映している。
おそらく生方自身も探りながら書いている部分が大きいと思うため、わかりやすい言葉に変換することは難しいのだが、その気分がもっとも強く表れているのは物語全体を覆っている静かなトーンではないかと思う。
本作を観て一番驚くのは、役者陣の会話のトーンで、大声を発する機会が数えるくらいしかない。特に4人が椿の家で喋る時の声のトーンの小ささに驚くのだが、この小さい声こそが今の時代の気分なのだろう。彼らは大声で相手の意見をねじ伏せるような会話をせず、相手の言葉に耳を傾けようとしている。静かに話す時間に宿る豊かさこそが、本作最大の魅力ではないかと思う。
■放送情報
木曜劇場『いちばんすきな花』
フジテレビ系にて、毎週木曜22:00~22:54放送
出演:多部未華子、松下洸平、神尾楓珠、今田美桜、齋藤飛鳥、白鳥玉季、黒川想矢、田辺桃子、泉澤祐希、臼田あさ美、仲野太賀ほか
脚本:生方美久
プロデュース:村瀬健
演出:髙野舞
音楽:得田真裕
主題歌:藤井風「花」(HEHN RECORDS / UNIVERSAL SIGMA)
制作・著作:フジテレビ
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