『ブギウギ』スズ子は歴代朝ドラの中でも稀有な主人公に 趣里が体現する“持ってなさ”

『ブギウギ』スズ子も稀有な主人公

「なんでかやめられへんねん、下手やけど。せやけど、好きやねん。歌って踊るんが、どうしようもなく好きやねん。どんなに下手でも……好きで好きでしゃあないねん」

 スズ子(趣里)の、腹の底からの叫びに心が震えた。『ブギウギ』(NHK総合)第3週「桃色争議や!」では、苛烈な競争社会であるエンターテインメントの世界において、「才能」とは何なのかが描かれた。そして、夢を追い続けることの喜びと背中合わせの苦しさが、さまざまなシーンに刻まれていた。

 スズ子の同期で男役の和希(片山友希)が梅丸少女歌劇団をやめると言い出した。慢性的な不況により家業の畳屋が苦しいうえに、母が入院したのだという。しかし本当のところは、同じ男役で花咲少女歌劇団から移籍してきた後輩・秋山(伊原六花)の才能にはどうやっても叶わないと、「死ぬ気で考えた」うえでの決断だった。

 これがひと昔前の朝ドラなら、ヒロインであるスズ子が先頭を切って和希を引きとめ、熱くて煽動的な長台詞を発して、チームはその“演説”に心を動かされて一致団結する。そんな“見せ場”を作ったかもしれない。しかし『ブギウギ』は一味違う。和希を引きとめたのは、娘役トップスターの大和礼子(蒼井優)だった。彼女は、自らが新たな舞台の演出をつとめる責任から「誰一人辞めさせたくない」と強く願っていた。スズ子は和希の事情を慮って、礼子に言う。

「ええんちゃいますか、逃げても。どうにもならんことって、ありますねん」

 スズ子(少女時代:澤井梨丘)は、子どもの頃に和希(少女時代:木村湖音)や、幼なじみのタイ子(少女時代:清水胡桃)におせっかいをはたらいて相手を傷つけてしまった失敗と痛みを、ちゃんと心に刻んでいる。人には人の考えがあり、事情があり、人生がある。ドラマ上では飛ばされた6年の間に、スズ子が周りの人たちから影響を受けながら、少しずつ心の成長を重ねてきたことがわかる。

 いろんなタイプの朝ドラの主人公がいるけれど、スズ子のように、子どもの頃から特殊な分野に飛び込んで身を置きながら「才能のない側」として描かれ、それゆえに苦しみ、もがく主人公というのは、案外珍しい。朝ドラでは、最初から天賦の才に恵まれたパターンか、隠れたポテンシャルのある子が、自分で見つけて飛び込んだ世界でぐんぐん才能を発揮していくパターンの主人公が圧倒的に多い。

 スズ子は「辛いよな。ワテら、どんどん後輩に抜かれたり。辛いよな」と顔をくしゃくしゃにして泣いて本音をさらけ出し、「抜かれる者」だけが味わう苦さを和希と分かち合う。しかし、それでも続ける。しがみついて踏ん張る。こんなヒロインもまた、いいじゃないか。

 憧れの先輩・礼子に言われた「自分の個性みたいなものはね、いつか必ず見つかるから。続けていれば」という言葉に希望をもらいはしたけれど、さりとて礼子や、同期で娘役として人気を集めるリリー(清水くるみ)のような才能はない。自分の売りがわからない。先が見えなくて怖い。怖いけれど、毎日ひとり稽古場に居残ってバレエの練習を続ける。

 梅吉(柳葉敏郎)は長年、映画の脚本を何度応募しても箸にも棒にも引っかからない。そんな父の「やめたらそこで終わりや」「ホンマに死にそうやねん。ワシかて頑張ってんねん。せやけど、どうにもならへんねん。どうしたらええんや」という2つの拮抗する思いと、核心をついた言葉が、スズ子の胸を刺す。やめるのは辛い。でも、続けるのは苦しい。夢を追い続けると決めた者なら、必ず背負わなければならない「業」だ。

 さらに、夢を諦めざるを得なかった人からバトンを託された者の覚悟も描かれた。秋山は、自分よりもはるかに才能があって、目標にしていた友達と共に花咲を受けたが、彼女は入学前に事故に遭い、二度と踊れない身体になってしまった。その友達の思いも背負って、秋山は今日も踊り続ける。

 礼子も橘(翼和希)も秋山と同じように、誰かの果たせなかった思いを背負いながら舞台に立ち続けているのかもしれない。第9話で橘が、デビューがかかった大事な時期に病気で稽古に出られなくなったスズ子を思いやり、和希とリリー(少女時代:小南希良梨)に言った「花田の悔しさだけは覚えといたれよ」という言葉が、これまでの彼女の経験を物語っている。

 そんな、それぞれの思い渦巻く第13話の稽古場のシーンが、たまらなかった。スズ子の魂の叫びに、頑なだった和希の心も解けて「ホンマはやめたないわ。好きに決まってるやろ。せやけど悔しくてしょうがないねん。抜かれんのが惨めやねん」と、やっと本音を吐き出すことができた。

 入団したての頃は劣等生だったが、努力に努力を重ねて男役トップスターに上り詰めた橘だからこそ出た言葉が沁みる。

「ほな稽古しよか。聞いたやろ。うちらは続けていくしかないんや。それでひとつひとつ壁を乗り越えていく。永遠に修行や。楽しい修行や!」

 団員たちは泣き笑いしながら団訓「強く、逞しく、泥臭く、艶やかに!」を叫ぶ。このシーンに立つどの俳優もきっと、これまでにさまざまな挫折や悔しさや涙や踏ん張りを経て、今この場にいるのだろうと思えて、さらに胸が熱くなる。板の上に立つ人とは、エンターテインメントの第一線で活躍する人とは、そういうものなのだ。4度目のオーディション、募集年齢上限の32歳で『ブギウギ』のヒロインを射止めた俳優・趣里の姿が、スズ子に重なる。

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