『どうする家康』ムロツヨシの秀吉は大河史に刻まれた 狂気と孤独の演技を振り返る

 『どうする家康』(NHK総合)で豊臣秀吉を演じるムロツヨシ。貧しい家に生まれ、何も持たなかった秀吉が乱世に天下を取れたのは、人たらしで調略にも長け、先を読む力のある人物だったからだろう。ムロツヨシは、家康(松本潤)のライバルとして、底知れぬ野心と才能を持つ振り幅の大きい新しい秀吉像を作り上げた。

 物語を遡り、尾張の清須城(清洲城)で家康と初めて会った頃の秀吉は、織田信長(岡田准一)の下男でまだ木下藤吉郎という名前だった。強面の柴田勝家(吉原光夫)に「猿!」と呼ばれては怒られたり、いきなり蹴られても明るく笑って過ごしていた当時の秀吉。とはいえ、笑顔は見せても目は笑っていないし、腰が低いわりには上昇志向を感じさせる雰囲気を漂わせていた。

 信長存命中はその強引なやり方を前に、家康は家康なりに、秀吉は秀吉なりに、それぞれがいつも振り回されて、その都度それぞれの力量が試された。信長の家臣だった頃の秀吉は、ひたすら道化に徹し、信長の役に立って出世することに邁進。それが信長の死をきっかけに、信長を討った明智光秀(酒向芳)の首を取り、信長の後継者を決める「清須会議」で自分の存在と力を知らしめ、頭角を現した。

 秀吉が自分の欲望を隠そうともしなくなり、派手な金色に赤がアクセントとなった豪華な衣装を身に纏うようになったのは、第31回「史上最大の決戦」以降のこと。天下統一まであと一歩、大坂城の築城を開始して勢いに乗る秀吉の欲望が暴走を始める。明け透けに心を開いているようでもあり、芝居をして相手の反応を見ているようでもあり、ムロツヨシが演じる秀吉はどこか冷静で達観しているような奥行きのある人物像で、だからこその底知れぬ怖さも感じる。

 第38回「唐入り」では関白職を甥の秀次に譲り、太閤となってますます政治を自分の思い通りに、唐入りまで始めてしまった。側室の茶々(北川景子)に入れ込み、「狐にとりつかれている」とまで言われる秀吉はすっかり老けて、狂気まで感じさせる。本音と狂気と老いからくる衰え、複雑で深みのあるムロ秀吉の表情は見る者を翻弄する。

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