『わたしの一番最悪なともだち』の“ともだち”とは誰? 脚本・兵藤るりの卓越したセンス

『わたとも』脚本・兵藤るりの卓越したセンス

 昭和の「没個性」から平成の「個性重視」、そして令和の「多様性重視」ーー。社会が変われば人々の悩みの形も変わる。10月12日に最終回を迎える「夜ドラ」『わたしの一番最悪なともだち』(NHK総合)は、「わたしらしさ」という言葉に苦しむ主人公・笠松ほたる(蒔田彩珠)が崖っぶちの就職活動を経て社会人となり、悩み、もがきながら自分を模索していく、令和を生きる若者を描いた青春ストーリーだ。

 物語はほたるが大学4年、就職試験に連戦連敗中の夏から始まる。ゼミやバイトの仲間には皆内定が出ている中、ほたるだけがまだ一社からも内定をもらっていない。化粧品メーカー志望のほたるにとって最後の持ち駒、業界最大手・日粧堂のエントリー期間の締切が迫っていた。

 「自分には何もない」。やけっぱちと戯れ半々でほたるは、日粧堂のエントリーシートに、小学5年生からの腐れ縁で、何かと自分の視界に入ってくる「あの子」のことを書き込んだ。ほたるにとって絶えず目の上のたんこぶであり、心の底では「こんな自分になれたらいいな」と憧れていた鍵谷美晴(髙石あかり)のことを。そして、誤って送信ボタンを押してしまう。

 「なれたらいいな」の鎧を身につけたほたるは、逡巡しながらも、謎の高揚感と饒舌さが降りてきて、全てのステップをクリアし、内定を獲得してしまった。

 月日は流れ、日粧堂に入社3年目のほたるは、シャンプーの新商品開発のプロジェクトを任されるまでになっていた。ほたるの企画とマネジメントで「睡眠に寄り添うシャンプー」の開発が進められるが、ここで、彼女が元来持つ「人の意見に流されやすく、自分の芯を見失いがち」という癖が出てしまう。開発は難航、しまいにはペンディングになってしまった。

 小学校5年のとき、クラスで権力を握る女子に「何色が好き?」と聞かれ、本当は黄色が好きなのに、空気を読んで「水色」と答えてしまったあの日から、結局ほたるの根本は変わっていない。誰の目も気にせず「黄色が好き」とまっすぐに言える美晴がずっと羨ましかった。

 そんな葛藤を抱えたある日、またもや目の上のたんこぶ、美晴がほたるの前に現れる。そして再びあの罪悪感がほたるを苦しめるのだった。どれが「本当の自分」なのか、迷子になってしまった。

 〈子供じゃなけりゃ誰でも二つ以上の顔を持ってる〉とその昔、忌野清志郎が歌っていた。だいたい皆、そんなものだ。会社での顔、家での顔、友達といる時の顔、多数のコミュニティ内でのそれぞれの顔、一人の時の顔。誰もが色んな顔を持ちながら生きている。しかしほたるは深く悩んでしまう。それはやはり、脛に疵を持つからだ。

 他人の経歴を借りて業界最大手の会社に入社し、「なりたい自分」の顔をして、思いやりがあって気が利いて、仕事ができる女性を演じ続けてきたほたる。取引先の大手広告代理店に勤める賢人(高杉真宙)と恋愛関係になるが、賢人の前でさえ「会社のわたしの顔」の延長になってしまう。

 悩んだ末、ほたるは「賢人といる時のわたしって、仕事中のわたしと同じなの。パジャマ着てるはずなのに、緊張してるわたしがいるの」と打ち明け、しばらくの間、距離を置きたいと話した。

 本作は前半4週が「就活編」、後半4週が「社会人編」に分かれている。後半に入ってからの、前髪を上げておしゃれな服を着てパンプスを履いて颯爽とオフィスを闊歩し、会議でスマートな発言をするほたる。彼女が「なりたかった私」だ。しかし、それを観ているこちらは、なぜか寂しい気持ちになった。

 大学時代の、親友の慎吾(倉悠貴)とバカバカしくもセンス溢れる会話を繰り出し、猫背で坂道を登るほたるが恋しかった。「笠松家・焼肉の流儀」に従って、父・健次郎(マギー)、母・純子(紺野まひる)といっしょにジャージ姿で肉をほおばるほたるが懐かしかった。

 それはきっと、ほたるも同じ気持ちだったのではないだろうか。自分の中の「いくつかある顔」を「それもこれも全部ひっくるめて自分」と肯定して生きていければいいのだけれど、一方の顔でいる間は一方の顔を無理やり封印しているかのような、「0/100理論」のほたるが、苦しかった。

 賢人の家に泊まった日、「(洗い物を残したまま出かけると)絶対後悔するから」と言いながら食器をサッと片付け、賢人から「ちゃんとしてるよね」と言われたほたる。自宅に帰ると、シンクに昨日の洗い物が放置されている。そんなシーンが、胸に迫った。

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