『らんまん』は男性主人公朝ドラの完成形に 目を背けなかった“政治と人間関係”のしがらみ
一方、万太郎の挫折と同時進行で描かれたのが、学閥での権力闘争に明け暮れる田邊教授の姿だ。文部大臣の森有礼(橋本さとし)の推薦で女学校の校長に就任した田邊だったが、森が突然暗殺された影響で、女学校の閉鎖が決まり、校長を辞めることに。そして大学内の権力争いにも敗れ、教授も辞職することとなる。皮肉なことに、万太郎を出禁にした田邊もまた、大学から追放されてしまうのだ。
田邊が辞めたことにショックを受けた藤丸次郎(前原瑞樹)は「結局、何もかもが政治と人間関係ってのがさぁ」と愚痴をこぼすのだが、物語が進むにつれて本作では「政治と人間関係」のしがらみが辛辣な形で描かれるようになっていく。
植物学教室の新しい教授となった徳永政市(田中哲司)に助手として呼び戻された万太郎は、再び植物分類学の仕事に就くこととなる。しかし、明治政府は帝国主義化が進み、軍人が力を持つようになり、その影響は植物学の世界にも及んでいた。万太郎は台湾への学術調査団として派遣を命じられた際に、現地の言葉を学んでから参加したいと言うが、日本政府は調査団では日本語を使いピストルを購入しろと言われ、万太郎は困惑する。そして、政府の意向に従わざるを得ない大学の研究者という立場に息苦しさを感じるようになるのだが、若い時とは違い、ストレートに反発を示すことが次第にできなくなっていく。
このあたりは序盤で自由奔放で天真爛漫な万太郎の若々しさを描いていたからこそ強く感じる変化である。
『らんまん』の終盤では、老いと共に自由になっていき、女将として渋谷で待合茶屋を経営するようになる寿美子とは逆に、老いて社会的立場を得たことで万太郎が自由を失っていく様子が丁寧に描かれた。しかし、最終的に万太郎は、神社の森に生息する植物を守るために国が押し進める神社合祀令に反対するため、徳永教授に辞表を提出する。
それ以降は在野の植物学者として日本植物図鑑の完成を目指していたが、入稿目前で関東大震災が起きたことで長屋が倒壊し、原稿と植物の標本の多くが失われてしまう。
だが、万太郎は図鑑の編纂を諦めず、再び植物標本の採取を始める。そんな万太郎の姿をみた寿恵子は渋谷の待合茶屋を売却。大泉村に、新居と標本の保存場所となる植物園を建てるための広い土地を購入する。
どんな困難も乗り越え、植物の研究に邁進する万太郎の姿に感動するのは、万太郎がぶつかる「政治と人間関係」のしがらみから目を背けなかったからだ。
男性主人公の朝ドラを描くにあたって脚本家の長田育恵は、朝ドラヒロインのような天真爛漫で明るい主人公を描いたが、その壁となる学閥と国家を丁寧に描いた。それこそが『らんまん』が成し遂げた最大の成果だったのではないかと思う。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK