山形国際ドキュメンタリー映画祭理事・藤岡朝子に聞く、ドキュメンタリー映画の魅力と変化

藤岡朝子が語るYIDFFの魅力と現在

先進的な論争も生まれるYIDFF

――ドキュメンタリーというカテゴリは、社会の変化を如実に反映するものだと思います。近年の世界的な出来事というと、ロシアとウクライナの戦争が挙げられますが、戦争当事者たちがカメラを自ら回して多くの映像を発信していますよね。ドキュメンタリーの世界でもそうした作品は出てきていますか?

藤岡:先日行ったイギリスのシェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭では、そういった作品がかなり多かったです。ウクライナは元々、ドキュメンタリーの制作者が多い国でもあったので、まさに当事者たちが現場で撮影したものを映画にしていく作品が生まれています。

――プロではない方の映像のドキュメンタリー作品も増えていますよね。YIDFFでもそういった作品をこれまでも多く紹介してきたと思います。

藤岡:はい。YouTubeの動画だってある意味ドキュメンタリーですし、誰もが映像発信できるという意味での映像制作の民主化はこの20年くらいで随分進行したと思います。私が節目になったと思っているのは、土屋豊監督の『新しい神様』(1999年)という作品です。今では有名になった雨宮処凛さんと土屋さんの、ある種のラブストーリーを追いかけたドキュメンタリーでしたけど、同時代のドキュメンタリーが出てきたなと思った最初の作品です。

――そう考えると、今は誰もがドキュメンタリーを作れる時代ですね。

藤岡:製作される映像作品の数はものすごい増えていますよね。今はそれをどう選んでいくのか、キュレーション側の判断が問われているのだと思います。ドキュメンタリーの国際映画祭の数もすごい増えました。中には、応募料金目当ての詐欺まがいのものもあるんですが。作る人は増えているので、観る人を増やす必要があると思っていて、そこに映画祭や配給、そして劇場の仕事が問われているのかなと。

――YIDFFのキュレーションの方針はどういうものですか?

藤岡:初期から一貫しているのは、表現スタイルの多様性です。内容はもちろん、これまでにない切り口に挑戦している作品を選ぶということです。時代によっていろんな試みがありました。これはドキュメンタリーではなくフィクションなのではという作品や、ビデオゲームのようなものまで、論争的で賛否が分かれるものもよく選んできましたね。

――確かにそうですね。YIDFFは論争の場にもなっていますよね。

藤岡:それが役割だと思っています。商業配給ではリスクを負いにくいですが、映画祭なら議論が起きた方が良い面もあります。ほとんどの人が絶賛する作品は、商業的にも成功しやすいですから、普通に公開すればいいと思います。

――これまでに印象に残っている議論や論争はありますか?

藤岡:それはいっぱいありますね(笑)。一つ挙げるなら、2009年に選出した『RiP! リミックス宣言』というカナダの作品を上映した時のことです。映像表現は過去の作品を模倣することで発展しており。それはあらゆる文化に同じことが言えると監督のブレット・ゲイラーは主張していて、DJが音楽をリミックスするように、いろんな映像を駆使して作っている映画です。これをコンペで上映した時、日本映画監督協会の方たちとのシンポジウムがありました。監督協会は作り手の著作権を守る立場なので、この映画を映画と認めていいのかという論陣で、軽やかに文化を変えていこうとするカナダ人の若い監督との論争が非常に面白かったです。この論争は、今でも有効なものだと思います。

――生成AIの時代に突入した今、その論争はより重要になっているとも言えるかもしれません。そのほかにも、社会的な論争になり得る作品も取り上げてきました。4人のドキュメンタリー作家による『311』(2011年)の上映は物議をかもしました。

藤岡:会場に仙台から来られた被災者の女性がいらっしゃって、倫理面から非常に厳しい発言をされていました。

――YIDFFは、そういう作品も見せた上で議論していく姿勢を大事にしていますね。時にはお叱りを受けることもあると思うのですが。

藤岡:「どうしてこれを選んだんだ」って突き上げを食らうこともありますし、「なんで落ちたんだ」と言われる時もあります(笑)。

――YIDFFは震災以降「ともにある Cinema with Us」という震災関連のドキュメンタリー映画を特集する企画を続けています。2021年には震災から10年を迎え、2023年は次の10年に向けて歩みを進めていくのかなと思います。この10年、震災を取り上げたドキュメンタリー映画はどう変化していきましたか?

藤岡:本数は減ってきていますが、その分、思慮深くなっていると思います。撮り続けることのジレンマもあるでしょうし、自分の中でなぜ撮り続けるのかに向き合い、何かを見出している作家たちがいるというか。印象的なのは、小森はるか監督と瀬尾夏美監督のお2人ですね。ドキュメンタリーの初動は、何か事件があってカメラを向けるものだとすれば、2人は長時間熟成させるように撮影を続けていくことで、見えてくるものが変わっていき、クリエイティビティを進化させた作品を作っていますね。

――最後に映画祭やドキュメンタリーに興味を持つ方々にメッセージをお願いいたします。

藤岡:人生に何か迷っている人が、山形に来て何かが見つかったという話を結構聞きます。私自身、迷っている時期にこの映画祭に出会って関わるようになりました。こちらから答えを与えるようなことはありませんが、何かを見つけに是非来てほしいです。ドキュメンタリーは未知との遭遇が醍醐味だと思います。思ってもみなかった世界に連れて行ってくれるのが映画の魅力で、ドキュメンタリーは特に偶発性の要素が大きいですから、価値観を揺るがされる体験ができるんです。こうだと思って凝り固まっていたものを崩してくれる、そうすると自由になれる、優れたドキュメンタリーはそんな体験をさせてくれるんです。

■イベント情報
『山形国際ドキュメンタリー映画祭』
期間:10月5日(木)〜10月12日(木)
会場:山形市中央公民館、山形市民会館、フォーラム山形、やまがたクリエイティブシティセンターQ1ほか
主催:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
共催:山形市
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画祭支援事業)
特別協力:国立映画アーカイブ
協力:ユニフランス、アンスティチュ・フランセ日本、ゲーテ・インスティトゥート東京、経済産業省、台湾文化部、台北駐日経済文化代表処台湾文化センター、京都大学 科学研究費・基盤研究(B)20H01200「日本における女性映画パイオニア:フェミニスト映画史の国際的研究基盤形成」(研究代表者:木下千花)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる