ハン・ジミンの傑出した“共感力” 『ヒップタッチの女王』で優しさとユーモアセンスが光る

 俳優ハン・ジミンからは、演技だとして片付けられない、嘘偽りのない共感力のようなものを感じ取ることができる。近年の出演作『私たちのブルース』は、それが端的に現れている。

 音楽ジャンルの“ブルース”とは、もともとアフリカ系アメリカ人によるフォークミュージックで、労働歌がルーツとされている。英語圏で悲しみや憂鬱を表す“ブルー”をその名の由来に持ち、恋の喜びといったポジティブな感情から喪失の絶望、セクシャリティなどの社会的イシューまで、人間のあらゆる心の機微に寄り添う音楽の一ジャンルを冠したドラマタイトル通り、『私たちのブルース』に登場するキャラクターたちは、みなそれぞれに困難や憂鬱が多い人生を送っている。ほろ苦い現実社会を生きる我々視聴者は、悲しみの中でもささやかな喜びを見つけながら生きる姿に共感し、癒やしを得た。

『私たちのブルース』(写真はtvN公式サイトより)

 チェジュ島の豊かで美しい自然を背景にした群像劇の本シリーズで、主に後半に置かれていたのが、ハン・ジミン演じるヨンオクのパートである。海女のヨンオクは、通りすがりで振り返ってしまうほど華やかな美人で愛想も良い。夢中になる男性が多い反面、特に“サムチュン”と呼び親しまれている初老の海女仲間には評判が悪い。「隣人の下着の枚数まで知ってる」と地元出身者も語るほど密接な人間関係がある村人にとって、本土出身のヨンオクは何を考えているか分からない存在だ。誰にでも笑顔をふりまく一方で、どこかから頻繁に電話がかかってくる。生い立ちにも曖昧で秘密が多いため「本土に男がいる」「実は子持ちだ」と噂を立てられている。漁船の船長ジョンジュン(キム・ウビン)はヨンオクに想いを寄せているが、彼女は明け透けに男性遍歴を披露し「傷つくから好きにならないで」と煙に巻く。しかし、ヨンオクがこっそりと電話に出るとき、いつもの笑顔はない。

 電話の相手、ヨンオクの双子の姉ヨンヒ(チョン・ウネ)はダウン症だった。2人の両親は12歳のとき、交通事故で命を落とした。次第に統合失調症も患うようになったヨンヒは、引き取られた親戚の家でも疎んじられる。姉がからかわれたり虐げられたりするたび、ヨンオクはすさまじい剣幕で向かっていったが、自分もまたヨンヒを「醜い」「変だ」と嫌でたまらず、地下鉄に置き去りにしようとしたこともあった。大人になってからは、ソウルのグループホームに入居した姉から離れようと韓国中を転々とし、男性と付き合っては別れるのを繰り返した。破局も、ヨンヒが原因だった。

 だが、ヨンオクはヨンヒを心から愛している。グループホームの一時的な事情で、ヨンヒはチェジュへ訪れる。空港に降り立った姉を抱きしめ、頬にキスをしおどけるヨンオクの笑顔は、それまで見せていたどの表情よりも純粋で輝いていた。ハン・ジミンの明るくキュートな面が存分に発揮され、ヨンオクはこんなふうに心の底から幸福な表情ができたのかと、観ていて思わず涙してしまう。

 ダウン症を知らなかったジョンジュンは、初めはヨンヒに驚いた反応を見せるもすぐに打ち解けて友達になる。しかし、レストランでの食事中、ヨンヒが子どもにからかわれたりと、3人は社会の冷酷さに直面する。その夜、ヨンオクは苦しい胸のうちを激しい口調でジョンジュンにぶつけた。「施設に送れば薄情だと罵られ、一緒に行動すれば今日のような目に遭う。ヨンヒの知能は7歳くらいだが、感情があるから自分が人からどう思われているか分かって辛い気持ちのはずだ。昔、妹に捨てられそうになったことだって覚えている。でも私は、それを知らないふりしているの!」。そして、「なぜ両親は、優しくもない私にヨンヒを残したの?」と号泣する。その後に続くジョンジュンのセリフの通り、ヨンオクは誰よりも優しく、相手の気持ちに寄り添える人間である。相手に共感するからこそ、幼い頃のたった一度の過ちを恥じ、自らを罰するように幸せを遠ざけてきた。ヨンオクが重荷なのではなく、自分自身の優しさを背負い続けてきたのだった。ヨンオクの慟哭は痛切で、胸が強く締め付けられる。

『私たちのブルース』(写真はtvN公式サイトより)

 ヨンオクのキャラクターがこうも視聴者の胸を打つのは、ハン・ジミンの半生も少なからず影響しているだろう。彼女は幼い頃から、集団から疎外されてしまうような体の不自由な子に寄り添い、そうした子がいじめに遭うと憤慨するような性格だったという。大学進学の際も、それまでモデルをしていた経験を活かして演劇映画科に入学することもできたのだが、幼い頃から児童学や老人福祉分野に興味があった彼女は、社会福祉を専門的に学べる学科へ進学した。

 ヨンヒを演じたチョン・ウネは、実際にダウン症を持つ俳優・画家だ。彼女の母が明かした撮影秘話によると、チョン・ウネのハンディキャップをよく理解していたハン・ジミンは、現場で彼女のことを丁寧にケアしていたという。公式サイトで公開された最終話のビハインドでは、撮影中にセリフを忘れてしまったチョン・ウネに対し、リズムをつけて彼女のセリフを口ずさみ直接伝えるハン・ジミンの様子が捉えられている。俳優は演技をしているわけであって、そのバックグラウンドがすぐさま演じるキャラクターと結びつくわけではない。一方で、俳優は演技者である前に人間だ。人間ハン・ジミンの誠実な内面はそのまま、真心のある俳優ハン・ジミンとして、血の通った演技として私たちの心を揺さぶるのである。

 シリーズも折り返し地点となった『ヒップタッチの女王』では、ムジンで起きた事件の真相が明かされることになる。サスペンス要素が強くなるなかで、今後もきっとハン・ジミンが大いに笑わせてくれる場面もあるはずだ。それでいて、気がつくと温かい涙が流れているのだろう。優しさとユーモアをくれる希有な俳優として、これからの活躍にも期待したい。

参照

※1. https://tv.jtbc.co.kr/plan/pr10011610
※2. https://moviewalker.jp/news/article/1113715/image11313826/
※3. https://ekr.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/12/01/2021120180101.html

■配信情報
『ヒップタッチの女王』
Netflixにて配信中
出演:ハン・ジミン、イ・ミンギ、スホ
原作・制作:キム・ソギュン、イ・ナムギュ、オ・ボヒョン、キム・ダヒ
(写真はJTBC公式サイトより)

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