漆器づくりの“現在の苦境”と“未来への可能性” 『バカ塗りの娘』から学ぶ理想的な“生き方”

 本作の鶴岡慧子監督は、時代のなかで軽視され、ときに誤解されて損をしてしまうような二人の姿に、優しいまなざしを向けているように感じられる。そして、そのような道を選んでしまう性格だからこそ、一つの道を極める資質があると示しているはずである。そして同時に、西洋をコピーしたような文化よりも、日本国内では古くさいとして見向きもされないような文化こそが、かえって海外で評価されることがあるという希望をも暗示するのだ。

 “塗っては研ぐ”を繰り返す「バカ塗り」を施した椀は、劇中で酒向芳演じる人物が語るように非常に丈夫で、大事に使用すれば何十年も使用することができる。それは近年、世界的に重要性が叫ばれている「持続可能性」の観点からも高く評価できるものだ。古くさい文化だとして忘れ去られようとする文化が、じつは世界の最新の考え方をリードする面を持っているのである。

 そう考えれば、昔ながらの文化を受け継いで次世代に繋げ、迷わず精魂込めて一つひとつのものを生み出し続けるということは、最高にかっこいい、国際的な価値を持った仕事だといえるのではないか。そんな本作における世の中の見方は、伝統工芸の価値を描くことはもちろん、器用にものごとを進められるタイプじゃない人々や、一つのことにのめり込むような人々に対して、説得力のあるエールになっているのではないか。

 ただ本作は一方で、日本の古い考え方や伝統が、必ずしも良いものだとは限らないことも表現している。それをとくに強調しているのが、同性愛者のカップルの結婚が認められていないなど、日本で性的少数者の権利が制限されていることで、ある登場人物たちが日本を出る決断を余儀なくされるといった展開だ。それは、愚直に伝統を守り続けるだけではなく、変えるべきところは変えて、これまでになかった新しい風を入れることで、文化をより良い状態にしていかねばならないというメッセージにもなっているといえよう。

 だからこそ美也子が最終的に目指し、生み出そうとする漆塗りは、父親のように伝統や技術を受け継ぐ愚直さと、ある登場人物のように、新しい環境へ踏み出す勇気と発想という、“古さと新しさの融合”が投影されたものとして完成するのではないか。このように、双方の良い点や弱点が分析されていることで、この結末には強い説得力が生まれていると考えられるのである。そしてそれは、われわれ観客にとっても参考になる生き方だといえるはずなのだ。

■公開情報
『バカ塗りの娘』
9月1日(金)全国公開
出演:堀田真由、坂東龍汰、宮田俊哉、片岡礼子、酒向芳、松金よね子、篠井英介、鈴木正幸、ジョナゴールド、王林、木野花、坂本長利、小林薫
監督:鶴岡慧子
脚本:鶴岡慧子、小嶋健作
原作:髙森美由紀『ジャパン・ディグニティ』(産業編集センター刊)
製作:「バカ塗りの娘」製作委員会
制作プロダクション:アミューズ 映像企画製作部、ザフール
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/
公式X(旧Twitter):@bakanuri_movie
公式Instagram:@bakanuri_movie

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