AppleTV+『ハイジャック』『窓際のスパイ』などの“娯楽作”にみる、テレビシリーズの醍醐味

 娯楽映画の定番ジャンルの1つ“ハイジャックもの”。航空機という密室を舞台にした極限状況のサスペンスは古今東西多くの作品を生んできたが、スーパーヒーローも出なければフランチャイズにもならないジャンルに今のハリウッドがGOサインを出すとは考えにくい。中規模予算のヒューマンドラマ映画がTVシリーズへと表現形態を変えたように、全7話完結のリミテッドシリーズへと進化した最新ハイジャックものが、AppleTV+で配信されているその名もズバリ『ハイジャック』だ。

『ハイジャック』写真提供:AppleTV+

 ドバイ発ロンドン行きの旅客機がハイジャックされる。ファーストクラスに座る主人公サムを演じるのはイドリス・エルバ。『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』や『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』など、アクション映画の代表作も多く屈強な体格だけに、たまたま居合わせた彼がハイジャック犯と闘うのか……と思いきや、サムは元特殊部隊員でもなければ沈黙の料理人でもない。職業は企業の買収合併を専門とする交渉人。戦う武器は研ぎ澄まされた洞察力と知性なのだ。

 “PeakTV”と呼ばれた近年の傑作TVシリーズ群を見続けてきた視聴者であるほど、『ハイジャック』には撹乱させられるかもしれない。サムは「他の乗客のことはどうでもいい。家族の元に戻れるなら(計画が円滑に進むよう)手を貸そう」とハイジャック犯に協力を申し出る。ドラマはファーストクラスを中心に展開し、エコノミークラスにひしめく乗客たちは事態を把握することもままならない。これは現代の格差社会を描いたスリラーなのか? それとも自分さえ良ければという利己主義の風刺なのか? 身構えそうになるところだが、『ハイジャック』に最も近い作品は懐かしや20年前の大ヒット作『24』だろう。

『ハイジャック』写真提供:AppleTV+

 9・11アメリカ同時多発テロと同年の2001年にスタートした『24』は、キーファー・サザーランド演じる捜査官ジャック・バウアーが大規模テロに立ち向かうサスペンスアクション。1シーズン全24話、24時間の出来事をリアルタイムで描くスリリングな展開が話題を呼び、ここ日本でも一大ブームを巻き起こした(1シーズン10話未満のリミテッドシリーズが全盛の今となっては、24話も飽きずに観ていたのがにわかに信じ難い)。『ハイジャック』はドバイ〜ロンドン間の飛行時間が約7時間で、シリーズ構成も1話1時間の全7話。航空機内と並行して事態を察知した地上のドラマも同時進行していく。『24』といえば尺を稼ぐためか、視聴者のストレスを煽るための愚鈍な登場人物が意図的に配置されていた印象もある。『ハイジャック』は事件解決に一丸となって奔走する警察、管制、そして政府がプロフェッショナルに描かれており、実に清々しい。人々が困難に向かって一致団結する“ミッションもの”でもあるのだ。

 『24』の約3倍の速さで進む『ハイジャック』は、ハイコンテクスト化が極まったPeakTVの諸作品とは異なり、複雑なイシューを一切積載していない。全米脚本家組合、全米俳優組合のストライキによってハリウッドが機能を停止し、事実上PeakTVが終わった今、ノーコンテクストの本作が登場したことは、ある意味、象徴的だ。ジャンル定番のサスペンスを凝縮したソリッドな演出と、毎話抜群の引きを見せるクリフハンガーに往年のハイジャック映画を振り返りたくなる人も少なくないはず。筆者はストリーミングで96年の快作『エグゼクティブ・デシジョン』を20年ぶりに再見したが、『ハイジャック』はこの規模のハリウッド映画をTVシリーズのフォーマットで再現したウェルメイドさがある。

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