『テッド・ラッソ』が愛されるドラマになった理由 アメリカ中枢にも浸透した作品のテーマ

 テック企業の枠を超え、ライフスタイル複合企業のAppleが手掛けるドラマだけあり、Apple Musicでドラマ内の楽曲をプレイリスト化する試みも行われていた。AFCリッチモンドのロッカールームでかかっている楽曲の「ロッカールーム・ジャム」、ロイ・ケントが恋人のキーリー(ジュノ・テンプル)に贈る「鈍感でごめん」プレイリストに続き、シーズン3では、「失恋ミックス」やナイジェリア出身のサムの店「Ola’s」でかかる曲のプレイリストが公開されている。

 3シーズン、全34エピソードには素晴らしいセリフやシーンが数えきれないほどあるが、最も心を掴まれたのは、シーズン3エピソード9の「ロッカールームでの告白」の1シーンだった。試合中に暴言をはいた観客と揉み合いになり、レッドカード処分となった選手。彼の怒りが爆発した理由と、そこから引き起こされた告白に対しロッカールームでテッドが行ったスピーチは、2023年の現在において体制側から発せられる最も誠実なメッセージだと思う。チームメイトが「問題ないよ」「気にしない」と口々に言う中で、「気にしてなくない。ちゃんと気にしている。君の人柄も、これまでの君の経験も。これから先は、独りぼっちで抱え込まなくていい」と語りかけるテッド。映像エンターテインメントでインクルージョンやダイバーシティが描かれるようになり久しいが、この態度が『テッド・ラッソ』全体に流れるメッセージであり、サッカーがスポーツを通じ訴えてきた「You’ll Never Walk Alone」をドラマ内で昇華させたものだ。

 テッド役のサダイキス、ロイ役のブレット・ゴールドスタイン、コーチ・ビアード役のブレンダン・ハントのメイン3人が脚本も手がけている。彼らはシーズン1開始時から、シーズン3で物語が完結することを宣言していた。AFCリッチモンドが抱える問題を炙り出し、メリー・ポピンズのごとく降臨したテッドがポジティブな変化を呼び込むシーズン1、チーム専属カウンセラーの登場やジェイミーやネイトが置かれた状況から、現代人を蝕む心の問題が描かれるシーズン2、そしてシーズン3では、それらの負の連鎖にどう決着をつけるのかに注目が集まっていた。最終話を観たあと、シーズン1のパイロットエピソードに遡ってもう一度鑑賞してみてほしい。セリフから小ネタまで見事なまでにリンクし、大団円の弧を描く。人気が出るとシーズンを更新し、だんだんと情熱もテーマも薄れていってしまう過去のアメリカのドラマ製作体制から逸し、有言実行で物語を閉じた製作陣に拍手を送りたい。

 サダイキスは、撮影最終日に共演者を集めてこうスピーチしたという。「このドラマは魔法のかけらのようなものです。これを自分たちの世界に持ち出し、家族の元に帰って子どもたちとシェアしよう。僕らの次の仕事でも共にできるように。この光を一緒に持っていって、輝かせるのです」。(※)この3シーズンで出演者たちの知名度も人気も格段に上がり、多くの俳優が新しいプロジェクトに向かっている。『テッド・ラッソ』の物語は終わるが、ラッソ流、そしてリッチモンド流はそれぞれの人生に続いていく。「God Save the Queen」で始まったドラマの最後を締めくくったのは、キャット・スティーヴンスの「Father and Son」で、テッドと息子のヘンリーは再び一緒に暮らせるようになる。そこからフレーミング・リップスの「Flight Test」がエンドロールで流れる。この曲は自分の問題から目を背け闘うことを避けてきた男の後悔を歌い、最終話でテッドやコーチ陣が「人間は変われるか」と語り合うシーンにも繋がる。ちなみに2曲が連続して使われているのは、無断サンプリングが訴訟問題になったことへの目配せという考察もある。

 最終話配信の1週間後、Apple TV+は「可能性の香りがする」と匂わせツイートをしている。テッドの旅は終わったが、AFCリッチモンドの旅は続くのかもしれない。

参照

※ https://variety.com/2023/tv/news/ted-lasso-jason-sudeikis-1235648421/

■配信情報
『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』
Apple TV+にて配信中
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