『テッド・ラッソ』が愛されるドラマになった理由 アメリカ中枢にも浸透した作品のテーマ
Apple TV+の大人気ドラマ『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』(以下、『テッド・ラッソ』)が、シリーズ開始当初から明かされていた計画通り、シーズン3をもって完結した。過去2年のテレビ関連賞でも大量ノミネート・受賞を実現させているだけに、北米時間7月12日に発表予定の第75回エミー賞での成果も期待されている。ファンの間ではシーズン継続やスピンオフが待望されているが、その可能性はいかほどなのだろうか?
2020年8月に配信開始した『テッド・ラッソ』は、ロンドン南西部のリッチモンドが舞台。プレミアリーグのAFCリッチモンドが雇った新コーチ、テッド・ラッソはアメリカで大学フットボールチームのコーチを務めていたが、サッカーに関しては完全なる門外漢。だが、テッドが掲げた“Believe(信じる)”をもとに、離婚した夫からチーム運営を引き継いだレベッカ(ハンナ・ワディンガム)やホペイロ(用具係)のネイト(ニック・モハメッド)ら運営スタッフ、絶対的エースのロイ・ケント(ブレット・ゴールドスタイン)や天才選手ジェイミー(フィル・ダンスター)、番記者や地元のサポーターも巻き込みチームを一つにまとめていく。
シーズン1が完結する頃には評価と人気が上昇し、2021年と2022年のプライムタイム・エミー賞では20部門にノミネート、2021年は7部門受賞、2022年は4部門受賞という好成績を収めた。ジェイソン・サダイキスは第78回ゴールデングローブ賞ミュージカル&コメディテレビ番組部門の主演男優賞、俳優協会賞のコメディ部門主演男優賞を2020年、2021年と2年連続で受賞。シーズンを追うごとに人気はうなぎのぼり、今年3月のシーズン3配信開始直後には主要キャストがホワイトハウスを表敬訪問し、バイデン大統領夫妻とメンタルヘルス問題を話し合った。
この日、ホワイトハウスのプレスルームには大勢の記者が集まり、その中にはシーズン1でテッド・ラッソを「奔放なテッド」と題し、「ラッソ流は果たして間違いだろうか? 彼の影響はゆっくりと、確実に心に沁み入る。エゴまみれの世界で謙虚なテッドを応援せざるを得ないのだ」と記事にしたトレント・クリム(ジェームズ・ランス)が含まれていた。共和党からは「人気番組に便乗したシチュエーション・コメディのようなバイデン政権」と批判と揶揄が噴出。だが、テッド・ラッソことジェイソン・サダイキスがプレスルームのポディウムと大統領執務室で熱弁を振るったのは、「メンタルヘルスについて語ることの重要性」だった。心の不調を一人で気に病むのではなく、相談できる環境を作ろうと訴えかけた。アメリカにおけるメンタルヘルス問題は、党派を問わず最も重要視される事項のひとつとなっている。サダイキスに乗り移ったテッドは、ドラマが3シーズンを通して描いてきたテーマをアメリカ中枢に浸透させることにも成功した。
『テッド・ラッソ』がこれほどまでに愛される理由の大部分は、「人間とは不完全なもの」とし、生きたキャラクターたちを作り上げたことにある。物語が進むにつれてどのキャラクターにも愛着がわいてくる。サッカーという厳しいプロスポーツの世界を通じ、現代社会に存在するさまざまな問題に悩まされる人々を励まし、「あなたはひとりではない」と訴えかける。音楽への愛に溢れているのも、『テッド・ラッソ』がこれほどまでに愛された理由のひとつだ。シーズン1の最終話では、音楽を手がけたマーカス・マムフォードが歌う「You’ll Never Walk Alone」が流れ、この曲がドラマ全体のテーマになっているのは明らか。シーズン1の第1話で最初に流れるのはセックス・ピストルズの「God Save the Queen」。テッドが足を踏み入れたAFCリッチモンドが「ノー・フューチャー」の泥舟であることを示し、「神よレベッカを守り給え」という予兆にも取れる。ほかにも、リック・アストリーの「Never Gonna Give You Up」の素晴らしい引用に対し、本人が涙ながらの感謝を述べるといった“事件”もあった。