門脇麦に聞く、映画で“残す”ことの大切さ 子どもを巡る社会問題を白石和彌と考える
『渇水』を観た後、有希役については「門脇麦しか演じられなかった」とつい言葉にしたくなる。もちろんそれは完成したものしか観ていないためにそう思い込んでしまっているだけだが、それでもこの難役に対して体温を感じるほどのリアリティを生み出していた。
本作は生田斗真演じる水道職員の岩切が主人公で、水道代を払えない家庭の“停水”を実行していく。そのなかの家庭の1つが、2人の姉妹を持つ有希の家庭。有希はネグレクトをする母親で、停水執行がされても姉妹を家に残して何日も家を空けてしまう……。
門脇に役柄についての考えを聞いたところ、「最後まで理解できなかった」という。しかし有希役に確かな実在感を感じてしまうのはなぜなのか。そしてこの役に門脇をキャスティングした真の狙いとは。門脇と企画プロデュースの白石和彌に、有希役について思うこととキャスティングの背景、そして『渇水』の演出に込められた意図を聞いた。【インタビューの最後には、サイン入りチェキプレゼント企画あり】
有希役に実在感を持たせるための“引き算”
ーー完成した作品を観て、どのような感想を持ちましたか?
門脇麦(以下、門脇):作品全体としては光がある終わり方だと思いましたし、自分の役も含め、登場人物みんな幸せになってほしいなと思いました。髙橋(正弥)監督の眼差しがすごく優しいんです。私の役も、いいことをしているわけではないけれど、子どもを見つめる眼差しのカットが入っていたりと、完全に悪い人として映してなくて、そういうことが全ての登場人物に描かれていて、監督の温かさみたいなものを感じました。
ーー白石さんはどうですか?
白石和彌(以下、白石):やっぱり原作から描かれている格差だったり、貧困だったり、ネグレクトだったり、いま社会が抱えている問題を映し出す作品なんだろうなと思って取り組んでいきました。ただ、そこはもちろんあるんだけれども、そこよりも意外とその周辺にいる人々を描いていく話なんだと思いました。いつも自分で監督をしていると気づき辛い部分を感じる作品になったなと思いました。だから割と肩肘張る作品じゃなくて、麦ちゃんも光が見えるって言ってくれたけど、登場人物たち、特に子どもたちはきっとどこかでサバイブして生きていけるんだろうな、ということを思える、優しさのある作品だったと僕も思いました。
ーー門脇さんの中で、有希役についてはどういう考えにたどり着いているのですか?
門脇:“わからない”ですね。最後まで理解できなかったです。まず撮影に入る前に、監督と白石さんと、プロデューサーの方とお話をする機会がありました。
白石:門脇さんと監督の顔合わせのときですね。
門脇:私に子どもはいないので、母親の役をやるということ自体にあまりリアリティが持てませんでした。お母さんの役はこれまでにもやったことはあるのですが、子どものころ自分の母親がどうだったかとか、そういうのを何となく手繰り寄せながらいつも演じてました。でも今回はそういうことをせず、リアリティを抱けないまま演じることで、有希が子どもを見る眼差しとリンクさせられると考えたのが1つ。あと私はスキンシップを取られるのが苦手だったので、女の子の友達とハグしたりとか、腕にピタリとくっつけたりされると戸惑ってしまう。なので、子どもに対してそういう肉体的な距離感だったらどう見えるかなとか、役柄を理解できないとしても、見え方としてどう見えるかを考えたときに、そういうアプローチはどうかという話をした気がします。実際にハグするシーンとかはないですけど、距離感だったりとか、そういうのが活かせたらいいのかなと思ってました。
ーー手繰り寄せる感じではなく、ありのままが繋っていったんですね。門脇さんのキャスティングについてどのような考えがあったのですか?
白石:やっぱり画面の中に門脇さんがいてくれると、その世界の人になってくれる感じが常にあるんです。あと「この役に関しては理解できない」とおっしゃっていて、それはその通りだと思うんですよ。だってネグレクトするのを理解できても困るし(笑)。それでもお母さんの役を飄々と演じてくれて、この作品世界の中でちゃんと存在してくれるんだろうな、という予感がこの本を読んだときからありました。
門脇:しかも出番が少ないんですよね。バックボーンが特に書かれてるわけでもないので、ヒントもあまりない。でもキャラクター化させすぎると“そういう役”になってしまうので、そこは気をつけましたし、自分の中ではずっと引き算をし続けてました。
ーー引き算ですか。
門脇:この役で足しちゃうと、浮くと思ったんですよね。こういう役で実在感を持たせるってすごく難しいから、そこは気をつけていました。
白石:余計なことはしないってことですね。
ーー確かに有希のリアリティはそうしたアプローチから生まれていた、ということは理解ができました。一方で、今回映画を観て思ったのは、登場人物は皆それぞれ水栓を開いたように流れが起きていきますが、有希だけが唯一流れが変わらないんですよね。このことについて門脇さん自身はどのように解釈していますか?
門脇:今気づきました(笑)。でもたぶん監督のお考えですよね。
白石:役割として考えるとどうなんだろう。子どもたちについて、原作小説では悲劇で終わるんだけど、この映画では観終わったあとに子どもたちはたぶん生きていけるということをより強調させるために、母親は好転しない方がいいんでしょうね。見え方として。
門脇:なるほど。
白石:母親のところに帰るというのも幸せの1つなんだとは思うんですけど、でもあのお母さんのところに帰ることは、はたしてどうなんだろう、ということも、やっぱり想像させたい。そのためには母親の人生が動き始めるというよりは、停滞してる人もいてもいいんじゃないかという選択だと思います。