甲本雅裕が生んだ“神回” 『どうする家康』に刻んだ夏目広次という人間の生きる道

『どうする家康』甲本雅裕が生んだ神回

 たとえば、家康と氏真が対峙するシーンでの溝端淳平の演技は、かなり力のこもったものだった。氏真の妄執的な狂気を表現するならば、やはり引き算よりも足し算の演技になるのだろう。テレビの前で溝端の気迫に圧倒されたのが記憶に新しい。というより、彼の放つ熱が画面越しに伝わってきて、いまだにこの身体に残っている感じだ。一方、甲本が表現した夏目の真っ直ぐさと包み込むような優しさは、彼のあの柔らかな笑顔がすべてを物語っていて、この脳に焼き付いた。その彼が迎えたのは壮絶な最期であり、いくらでも足し算ができたのではないかと思うが、いつもどおりの引き算の演技だった。

 あれは、初登場時からの“積み重ね”によって実現できたものなのだろう。第18回「真・三方ヶ原合戦」では、いつも家康から名前を間違えられる夏目広次という人物が、いったい何者なのかが明かされた。彼は幼い頃の家康に仕えていたものの側にいながら守ることができなかったことを悔やみ、自身の名を夏目吉信から夏目広次に変え、再び家康に仕えていたのだ。ドラマは、これが明かされるのに合わせて二人のこれまでのやり取りの回想シーンが挿入される構成になっていたが、ここにさらに甲本の力演までが加わるとさすがに物々しい(本来、人の死とは物々しいはずだと思うが)。甲本が本作における自身のポジションを俯瞰視し、過去のシーンと照らし合わせながらあの最期の演技をアジャストさせたのではないだろうか。このあたりは筆者の想像でしかないが、つまり彼は物語の序盤からあの最期を想定した演技を展開し、ストイックに積み重ね、夏目広次という人間の生きる道を示してきたのではないかと思うのだ。

 あの最期は、決して一朝一夕で生み出せるものではない。そこに向かう積み重ねがあったからこそ実現できたものだ。甲本のパフォーマンスの軽快さはあらゆる出演作に見られるものであり、今回の好演は彼の俳優としての立ち位置(=スタイル)を明示するものでもあると思う。“甲本雅裕=夏目広次”の勇姿が刻まれた神回は、『どうする家康』のファンにとってこれから語り継がれていくものになるだろう。

■放送情報
『どうする家康』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送
BSプレミアム、BS4Kにて、毎週日曜18:00~放送
主演:松本潤
脚本:古沢良太
制作統括:磯智明
演出統括:加藤拓
音楽:稲本響
写真提供=NHK

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