赤楚衛二演じる貴司の短歌をいつまでも胸に 『舞いあがれ!』で担っていた“見出し”の役割

〈君が行く 新たな道を 照らすよう 千億の星に 頼んでおいた〉

 

 めぐみとともにIWAKURAを再建すると決意した舞は、新規取引先を開拓すべく営業部員として奔走するが、なかなか結果が出ない。暗中模索でもがき続ける舞を勇気づけたのが、貴司が星の絵葉書に書いて送ったこの歌だ。狭野茅上娘子の歌を「本歌取」して、貴司は舞への恋心を、言葉の奥の奥にそっと忍ばせた。

 表向きには舞への温かい励ましの歌であり、「星」「行く」「道」が、五島で貴司が初めて詠んだ歌とかかっている。舞が久留美を伴って大瀬崎灯台で貴司を見つけ、貴司もまた「自分」を見つけて前に進む。その後押しをしてくれた舞への、「返礼」の歌にも聞こえる。

 かつて自分がしてもらったことを、今度は相手に働きかける。相手の背中を押したつもりが、知らぬ間に自分が力をもらっていた。自分のために遮二無二やっていたと思ったら、いつの間にか誰かを助けていた。このドラマでは、こうした「言霊の伝搬」「思いの循環」が何度も見られた。

 ずっと好きだったけれど、幼なじみとしてかけがえのない関係を壊したくないと、貴司との恋に踏み出せない。そんな舞が自分の心に耳を傾けたとき、聞こえてきたのは、いつでも励ましてくれた貴司の言葉だった。貴司が歌人として重篤な「袋小路」に嵌ってしまったとき、海の底の底に潜って聞こえてきたのは舞の言葉だった。

 「パイロット」の語源は「水先人」だという。貴司はずっと、舞が自分の水先人だと思っていたけれど、舞にとっても貴司が水先人だった。思えば、模型飛行機の作り方の本を探して、貴司をいっしょにデラシネへ連れていったのは舞だった。舞が熱を出して寝込んでいるときに、久留美からの手紙を紙飛行機にして、向かいの窓から飛ばしてくれたのは貴司だった。2人は子どものころから既に、互いの進む“航路”の「水先人」役を果たしていたというわけだ。

 体が弱いせいで、失敗を恐れて踏み出せなかった子どものころ、「失敗ばすっとは悪かことじゃなか。できんなら、できることば探せばよか」と祥子に言われて救われた舞。この言葉がやがて、病に倒れた後遺症で片手が動かなくなった祥子に、舞を通じて還ってくる。

 リーマンショックで博多エアラインへの入社が延期になり先の見えない中、不安に苛まれる舞に、祥子はこう語りかけた。

「ばんばの船はな、出せん日も多か。嵐の日や、家でじ〜っとしとるしかなかとさ。じゃばってん、そいや無駄な時間とは思わん。体ば休めたり備品ば修理したりしてな。いつかは空も晴れる。そこまで、でくっことばやればよかとじゃなかか」

 この言葉はその後もずっと舞の支えとなる。最終週では、新型コロナウイルスの影響で「かささぎ」の開発が遅れて焦る刈谷(高杉真宙)に舞が、祥子からもらったこの言葉をかける。そしてこの言葉は、コロナ禍を経て、まだまだ先の見えない暗闇の中を生きる私たち視聴者の、心の支えにもなっている。

〈深海の星を知らない魚のため カササギがこぼした流れ星〉

 

 作家人生の危機と言えるほどに重いスランプを脱し、随筆に新たな活路を見出した貴司。最終回では貴司の随筆をまとめた書籍『トビウオの記』が出版されていて、パリのアパルトマンで八木がそれを手に取り、文中に収められたこの歌を目にして、空を見上げる。

 舞たちが創り上げた空飛ぶクルマの名前の由来である鳥のカササギは、天の川で織姫と彦星の橋渡しをしたという言い伝えがある。舞はいつでも、橋渡しをして「つないで」きた。長いあいだ絶縁していた祖母の祥子と、母のめぐみ(永作博美)を。航空学校でバラバラになりそうになった訓練チームを。大阪の町工場と消費者と企業を。人力飛行機サークル「なにわバードマン」の仲間と、未来で待ち合わせをする「アビキル」の仲間、そして空飛ぶクルマを。

 そんな舞に、貴司が大きな愛とリスペクトを捧げたこの歌。「星を知らない魚」とは、舞を眩しげに見つめる貴司のことでありながら、これまで新しいイノベーション(流れ星)が届かなかった地域に住む人々のことをも表しているのではないか。さらには、イノベーションに対して端から疑いの目を持って、思い込みという名の「深海」から出てこない人たちのことを表しているようにも読める。

 技術の進歩とは、人と人、物と物、人と物の「垣根」をなくすことである。飛行場がなくても、どこでも離発着でき、いずれは誰もが自動車のような手軽さで運転できる未来を目指して創り出された「かささぎ」は、五島列島の小さな島と島を「つなげる」。祥子のように、持病を抱える高齢者と医療を「つなげる」。今まで会いたくても会えなかった人どうしを「つなげる」。「カササギがこぼした流れ星」とは、パイオニアが創り出した技術革新によって人々の暮らしにもたらされる「ちょっとした幸せ」、そして「未来への希望」だ。

 ラストシーンで舞は言う。「こちら『かささぎ』。まもなく、ひとつ目の目的地に到着します」。そう、「かささぎ」の就航は、ひとつ目の目的地に過ぎない。みんなの夢を乗せて進む舞たちの“飛行”は、これからもまだまだ続く。どんな向かい風にも負けず、明るい未来を信じて、前へ、前へと。

■配信情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
NHKプラス、NHKオンデマンドにて配信中
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK

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