『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が与えた“衝撃”とは 6時間強の特典映像から紐解く

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の衝撃

 「リミテイションズ・イントゥ・ヴァーチャーズ」という特典では、先に述べたような低予算で数多くの制約を抱えた本作が、その制約をいかに“技法”に変換したか、そしてそのテクニックが今日でも使われていることについて語られる。続く「ラーニング・フロム・スクラッチ」は、ロメロの製作会社「ラテント・イメージ」が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に至るまでに手がけてきた仕事について、ジョン・A・ルッソ本人が振り返る。“安価でクリエイティヴな作品なら我が社に”をモットーに掲げ、数多くのCMを製作してきたからこそ培った、短い映像時間の中でストーリーと見せ場を作る力や、効果的なカメラワーク、役者の動かせ方に彼らが長けていることがわかるチャプターになっている。しかし、それ以上に当時徴兵されたルッソが「戻ってきたら映画を作ろう」と言ってくれたロメロの言葉を信じて兵役を乗り越えられたこと、映画制作をするためにCM事業に参入することを決めて早く会社を育てようと頑張ったこと、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』ではいろんなショットに時間をかけて調整した努力が結果的に映画の質を高め、観客を無意識のうちに映像に引き込んだことなど、“回り道(あらゆる経験)”が肝心であることを教えてくれるから、なんだか勇気づけられる。

 「トーンズ・オブ・テラー」では、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で使用された楽曲について面白い事実が学べる。続く「ウォーキング・ライク・ザ・デッド」は本作の“グール”アクターへのインタビュー集だ。ある夫婦は庭にいたら、前の通りに止まった車から出てきた女性に「映画を撮っているんですけど、参加しませんか?」と声をかけられて楽しそうだから出ようとしたり、ある男はダイナーで声をかけられたり、いろんな一般人が現場に到着するなり顔中にドロドロしたものを塗りたくられた時のことを楽しそうに語る回顧録となっている。今となっては伝説的な作品だが、当時は実験的な低予算映画としての印象が強かったはず。それでも喜んで参加した(町中の人が参加したがったらしい)彼らが、誇らしく自分の出演シーンについて話す様子を見るだけで、多くの人にとって『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が特別な作品であることを理解し、その作品への愛に心ときめいてしまうのだ。

 特別な出演者といえば、やはり主演のデュアン・ジョーンズについて語らずにはいられない。特典には1987年、ニューヨーク州の自宅で生前のジョーンズが本作の出演について詳細に語った唯一のインタビューが収録されている。当時、公民権運動が盛んに行われたアメリカで公開された本作は、アフリカ系アメリカ人を主演に迎えた稀有な作品だった。そのため、多くの批評家が本作に人種問題などの社会的な意味を見出したわけだが、ロメロ監督は単純にジョーンズが良い俳優だったからキャスティングしただけだった。注目の的になったジョーンズ本人はというと、このインタビューで20年間も『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』について同じ質問を投げかけられることの辛さや退屈さを語りつつ、楽しかった撮影の中で唯一不快すぎて覚えている出来事について明かす。ソルボンヌ大学出身、ニューヨークで演劇講師をしていた彼の上品で知性に富む語り口調は聞き心地が良く、この取材音声そのものが、俳優という存在について考えさせられるものだ。

 他にもトムの恋人であるジュディを演じたジュディス・リドリーのインタビュー映像、そしてトロント国際映画祭に登壇したジョージ・A・ロメロ監督のトークイベントが収録。これらの特典映像は多角的に『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を捉えるだけにとどまらず、映画そのものの作られ方や、その基礎について紐解いていく。不朽の名作である本編を含め、これらの特典映像は多くのことを私たちに教え、学ばせてくれる点で“映画体験”の一種とも言えるのだ。だからこそ手元に置いて、何度でも学び直したい。

 最後に、特典映像の一つに収録された、NBC放送の「Tomorrow」という番組にロメロと『ファンタズム』のドン・コスカレリ監督が登場する回について触れておきたい。番組内で2人は司会のトム・スナイダーにいかに観客を怖がらせるのか、いくら稼ぐのかなど突っ込んだ質問をされる。面白いのは、この番組が放送されたのが何十年も前のことなのに、彼らの抱える課題が今日のフィルムメーカーの抱えるものと同じなのだ。すでにあの頃から観客は従来の恐怖演出に飽き、さらなる刺激を求めていた。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だって、今観れば特にグロいとも感じないだろう。もっとゴア描写のきつい映画は近年どんどん生み出されてきた。しかし、それでも色褪せない魅力がこの映画にはある。ロメロは2017年にこの世を去ってしまったが、これからのジャンル映画の未来について彼なら今、どんなふうに答えるんだろうとつい考えてしまうのだ。

■公開情報
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 4Kリマスター版』
4月5日(水)発売
<UHD+BDコレクターズBOX>
価格:15,000円(税込)
【仕様】モノクロ/96分/2層/3枚組

<Blu-ray>
価格:7,800円(税込)
【仕様】モノクロ/96分/2層/2枚組

【映像特典】※特典BDに収録
・『ナイト・オブ・アヌビス』
・『ライト・イン・ザ・ダークネス』
・『デッド・リリックス』
・『リミテイションズ・イントゥ・ヴァーチャーズ』
・『ラーニング・フロム・スクラッチ』
・『トーンズ・オブ・テラー』
・『ウォーキング・ライク・ザ・デッド』
・『TVニュース映像』
・『金星探査機』
・デユアン・ジョーンズ インタビュー
・ジュディス・リドリー インタビュー
・NBC “Tomorrow”
・『ハイヤー・ラーニング』
・『レイジング・ザ・デッド』

【映像特典】※本編BDに収録 
・1968年初公開時オリジナル予告編
・4Kリマスター 日本公開版予告編

【音声特典】※本編BDに収録 
・オーディオ・コメンタリー#1(ジョージ・A・ロメロ/マリリン・イーストマン/カール・ハードマン/ジャック・ルッソ)
・オーディオ・コメンタリー#2(ラッセル・ストライナー/キース・ウェイン/ヴィンセント・サヴィンスキ/ビル・ハインツマン/カイラ・ショーン/ジュディス・オーディア)

原案・脚本・監督・撮影・編集:ジョージ・A・ロメロ
共同脚本:ジョン・A・ルッソ
製作:カール・ハードマン、ラッセル・ストライナー
音楽:ウィリアム・ルース、フレッド・シュタイナー
特殊効果:トニー・パンタネラ、レジス・サーヴィンスキー
発売元:是空/ハピネット・メディアマーケティング
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2017 Image Ten, Inc. All rights reserved.“NIGHT OF THE LIVING DEAD was restored by the Museum of Modern Art and The Film Foundation, with funding provided by the George Lucas Family Foundation and the Celeste Bartos Preservation Fund.

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