『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が与えた“衝撃”とは 6時間強の特典映像から紐解く

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の衝撃

 “ゾンビ”はもう、なんら珍しい存在ではない。ホラーなどのジャンル映画におけるサブジャンルとして確立され、私たちは今日あらゆるゾンビ映画を手に取ることができる。生きる屍(リビングデッド)は唸り声をあげながら生者の血肉を求め、襲いかかってくる。奴らを倒す手立てが、頭部を破壊したり燃やしたりすることだということも、私たちは様々な作品を通して学んできた。今では猛ダッシュをしてくるゾンビや、意思疎通ができるゾンビなど、あらゆるニュータイプが登場している。しかし、先に述べた“ゾンビといえば思い浮かぶ基礎事項”を作り上げたのは、他でもないジョージ・A・ロメロであり、彼の監督作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だ。2022年6月17日に4Kリマスター版で劇場公開された本作が、4月5日より4K UHD BD+BDコレクターズBOXとBlu-rayで発売される。

 「ゾンビ映画の第一人者がロメロ」だなんて、それこそ真新しい情報ではない。もう知ってるよ、ってことだ。しかし、観たことがあるはずの映画も、知っていたはずの制作秘話も、このディスクを通してまた新しい見え方や味わいを感じることができる。4Kリマスターはロメロ監督が生前の2016年に共同脚本家のジョン・A・ルッソと監修したもので、映像はもちろんサウンドも新たに修復されているため、慣れ親しんだ作品だとしても全く新しい映画体験が味わえるのだ。

 新しいといえば、なんと今回のリリースでは日本語吹き替え音声版が初制作&収録されている。父親の墓参りにやってきた兄妹が、突然墓場を彷徨いていた男に襲われるところから始まる本作。兄のジョニーの吹き替えを三木眞一郎が、妹のバーバラ役を遠藤綾が務める。そしてバーバラが逃げ込んだ家で出会う本作の主人公ベン役に諏訪部順一、その後登場する嫌味な男ハリー役に安原義人、彼の妻ヘレン役に土井美加、同じく家の中に閉じ込められてしまった生存者カップルのトム役に小林親弘、ジュディ役に沢城みゆきがキャスティングされた。他にも、チャールズ・クレイグ演じるテレビキャスターを森川智之が、レポーターのビル・カーディルを小西克幸が務めるなど、アニメや映画の吹き替えの第一線で活躍する声優陣が集結。とにかく豪華な顔ぶれだ。

 吹替版で観るもよし、オリジナル版で観るもよし。とにかく4Kによるモノクロの鮮明さに圧倒される。物語自体はシンプルそのもので、ゾンビから身を守るために家に逃げ込んだ生存者らの籠城戦がメインだ。上映時間も96分とコンパクト。しかし、何度でも観られるのは本作のクラフトマンシップ、無駄のない編集、考えれば考えるほど意味深く思えてくるステイトメントに興味をひかれてやまないから。これらは観れば観るほど気づいていくもので、俗に言うスルメ映画的な魅力である。

 本作は低予算で作られたモノクロ映画だ。公開された1968年は、もちろんカラー映画の時代。当時、あえてカラー期にモノクロで撮ろうとした理由は、別に今の時代に作られる白黒映画が持つ芸術的な意味合いなど関係なく、やはり予算の兼ね合いだった。しかし、ロメロ監督がモノクロにこだわったのは金額面だけではない。それは、リアリズムだ。1960年からカラーテレビ放送が始まっていたといえ一般普及はまだされず、ロメロをはじめ多くの人が家庭のテレビ放送をモノクロで見ていた。そのため、当時はニュースやドキュメンタリーなど“実際に起きている映像”がモノクロである印象が強いのだ。ロメロはそれを生かし、「生き返るはずのない死者が生者を襲う」本作をモノクロで撮ることで作品にリアリティを持たせた。それは劇中、街のパニックを伝える緊急放送などのニュース番組がしばしば登場する点にも感じられる。そしてもう一点、彼はゾンビ映画に欠かせない“血”を鮮明な赤ではなく、映画『波止場』で描かれたような黒として映す方がおぞましく、先のモノクロ放送が持つリアリティがその“黒”をより本物に見せて恐怖を高めてくれると信じていた。

 観客の私たちは、製作陣がどういう意図でモノクロのゾンビ映画を撮ろうとしたにしろ、白黒だからこそ気づける照明の仕事の素晴らしさ、巧みなカメラワークに着目することができる。人物を下から撮ることで、そのキャラクターの動作を強調させたり、正面ではなくテレビの裏側から部屋に集まる人々を捉えることで家の閉塞感を増したりと、映画における効果的な印象づくりが行われているのだ。そして何より編集力が素晴らしく、カットからカットの移行に一切の無駄がない。低予算で制約ばかりだからこそ、絞られた知恵が見え隠れする“手作り感”。それは観れば観るほど、この映画がどのように撮られたものなのか紐解くと同時に、観客自身にカメラを持たせ「自分も撮れるかもしれない」「こんなふうに撮ってみたい」と思わせる力を持っている。それは、インディペンデント映画ならではの“魔法”だ。

 そんな本作に衝撃を受けたジャンル映画を牽引する監督陣が映画の魅力を語るのが、特典ディスクに収録されている「ライト・イン・ザ・ダークネス」である。登場するのは『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロ、『ウォーキング・デッド』でお馴染みのフランク・ダラボン、『プラネット・テラー in グラインドハウス』のロバート・ロドリゲスと、これまた豪華な顔ぶれ。本作がいかに素晴らしいか、どれだけ衝撃的だったのかについて彼らが話しまくる本映像だけで、本来の特典映像としては腹八分目くらいに満足できる。しかし、本当の“衝撃”について語るなら、特典ディスクにはワークプリント版の本編を含む15の、計399分のボーナス映像が収録されていることだ。そのほとんどが国内初登場のものである。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる