『BLUE GIANT』がアニメーション映画化された意義 ジャズの演奏シーンに込められたもの

『BLUE GIANT』なぜ成功作に?

 とはいえ、すでに高校時代に大きな成長を遂げた宮本は、少なくとも本作のなかでは、厳しい状況にありながらも全くブレずに夢へと邁進し続ける、精神的には非常に安定した状態にあり、ドラマとして描くような心理的葛藤は薄いといえる。その代わりに大きな葛藤を味わうのは、映画では「JASS」の他のメンバーとなる。そして、とりわけ厳しい事態に陥るピアニスト沢辺雪折が、映画版での実質的な主人公ということになるのではないか。

BLUE GIANT

 バンドのなかでも随一のテクニックを誇る沢辺がぶち当たる壁というのは、演奏における精神性の部分だった。練り上げられた技巧に頼り、飄々とした態度を崩すことのなかった彼は、チャンスであり試練ともなる舞台で、はるかに格上のプレイヤーたちとの演奏に必死に食らいつくことで、一皮むけることになるのだ。

 そこで、彼の演奏を上原ひろみが表現していたということには、小さくない意味があったのではないか。なぜなら若くして大きく成功し、名だたる世界的ジャズプレイヤーたちとの共演を果たしていった彼女自身も、一部のジャズファンから、テクニック先行で精神性に欠けるという見方をされてきたプレイヤーだったからだ。だからこそ、そこをぶち破っていこうとする沢辺と上原は、ある結びつきを持っているように感じられるのである。

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 もともとジャズは、「黒人霊歌」や「ワークソング」など、奴隷となったアフリカ系の人々がアメリカで醸成してきた音楽が起源となっており、そこにはテクニックを超えた情念の領域が存在する。たとえアフリカ系のプレイヤーであったとしても、そのような足場を問われることになる局面があるのだから、異人種がその世界で勝負することには軋轢が少なからずあったというのは、想像に難くない。

 宮本が自身の感情を全身全霊で楽器に吹き込み、“良い音を出す”ことに愚直にこだわる姿勢によって、現状を打開していくという設定には、心打たれるものがある。時代を超えて人の心に届くのは“本物”であり、その本物であろうとする熱意が、市場の方に寄り添う工夫で生き残ってきたベテランに衝撃を与える姿も描かれる。

 だが宮本たちが、日本で生まれ育ち、母国で人種的マイノリティであることを経験してこなかったことや、人種についての歴史的な重圧や責任を背負っていないという状況から、その上でジャズの本質に迫り、アイデンティティをどうやって得ていくかについては、少なくとも本作までの内容では描かれていない。その意味で、“なぜジャズをやるのか”という問いに対し、“感情表現”や“熱さがある”という答えでは不十分ではないかという疑問がある。

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 とはいえ、この映画がジャズを盛り上げ、ファンを増やすことに貢献したり、人種的な問題に現時点で踏み込まないからこそ日本人がジャズをプレイする敷居を下げることに貢献しているというのは間違いのないところだ。何よりも、本作にはライブで巻き起こる高揚の渦に多くの観客を飲み込むという、素晴らしい達成がなされている。

 ジャズにあまり興味のない観客のなかにも、この感動を再び味わうため、さまざまな曲を掘り起こしたり、ライブに足を運ぶようになる人は大勢いるはずだ。それが本作の大きな目的なのだから、惜しみなく賛辞をおくるしかない。願わくば次回作をすぐにでも製作してもらい、さらにジャズの世界を深く掘って、宮本に立ち塞がる次の課題と、彼が到達するだろう新たな境地を見せてもらいたいものだ。

■公開情報
『BLUE GIANT』
全国公開中
出演:山田裕貴、間宮祥太朗、岡山天音ほか
原作:石塚真一『BLUE GIANT』(小学館『ビッグコミック』連載)
監督:立川譲
音楽:上原ひろみ
演奏:馬場智章(サックス)、上原ひろみ(ピアノ)、石若駿(ドラム)
脚本:NUMBER 8
アニメーション制作:NUT
配給:東宝映像事業部
©︎2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©︎2013 石塚真一/小学館
公式サイト:bluegiant-movie.jp

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