『ヴィンランド・サガ』は今もっとも観てほしい一作 第2期で際立つ“生きる”というテーマ

『ヴィンランド・サガ』第2期のテーマは?

 「今、もっとも観てほしい(読んでほしい)マンガ・アニメ作品は何か?」と問われたら、筆者は1月よりテレビアニメも放送されている『ヴィンランド・サガ』だと答える。戦争などで世界情勢が不安定な昨今において、戦うこととは何か、平和や生活を守るとは、必要なこととは何かを考えるきっかけになる作品だからだ。今回は『ヴィンランド・サガ』のシーズン1からの変化を通して、今作の卓越したメッセージ性について考えていきたい。

 幸村誠による『ヴィンランド・サガ』は、11世紀の北ヨーロッパを舞台に、この時代を暴れまわったヴァイキングを中心とした人々の生活や人生を描いた作品だ。主人公トルフィンの出身地であるアイスランドをはじめとした、北ヨーロッパの歴史や文化を深く調べ上げており、その緻密な描写や深い物語性から海外からも高い評価を受けている。

 本作はシーズン1と、現在放送中のシーズン2ではアニメーション制作会社が異なる。続編で制作会社が異なる例は、テレビアニメではそこまで珍しいことではないが、メインスタッフの変更により、キャラクターデザインや絵柄の大幅な変化が見られることもある。今作は監督や作画監督などのメインスタッフがあまり交代していないこともあり、意識しなければ制作会社の変更に気がつかないかもしれない。

 しかし、この変化によって、物語の内容がシーズン1と大きく異なることがより如実になった。シーズン1を手掛けたのWIT STUDIO。『進撃の巨人』(第1期〜3期)をはじめ、空間的なアクション表現が卓越したスタジオとして知られている。シーズン1の内容は少年であるトルフィンが、ヴァイキングの世界へと足を踏み入れて、血と狂騒、悲鳴の飛び交う戦場で戦う話だったために、アクション描写が多くWIT STUDIOの個性が発揮されていた。

 シーズン2はMAPPAが制作を担当している。近年では『呪術廻戦』、『チェンソーマン』など多くのヒット作を担当し、アクション描写にも評価が高いスタジオだ。しかしシーズン2で扱われる奴隷編は、シーズン1と比較すると第7話までを観ても、別作品かと思うほどにアクションが少ない。これは戦闘がメインではなく、トルフィンの内面の変化や市井の人々の生活が中心となっていることが理由として挙げられる。

 その一方で印象に残るのが、奴隷となったトルフィンたちを買った農場主のケティルが所有する農場の美しさや、森などの背景描写だろう。当時の人々が暮らした歴史や文化、自然の美しさを描き出すことで、シーズン2から提示される『ヴィンランド・サガ』という作品が持つメッセージを、より強く印象付けることができる。

 それは暴力や怨みなどの負の感情や行動からの決別だ。ヴァイキングといえば、勇猛果敢な戦士というイメージがある一方で、一般の市民の財産や命を奪い、時には罪もない人々を奴隷として売り払うなどの残虐な行為を働いた一団だ。

 もちろん、歴史的、文化的にも現代と大きく異なるため、現代の価値観のみで彼らを断罪することはできない。ヴァイキングは交易などの仕事を請け負う中で自衛の必要があり武装したり、あるいは産業も少ない11世紀では資源などの問題で、その土地に生まれた全員を受け入れることはできず、侵略や略奪を繰り返すことも生きるために必要な行動だったという意見もあるだろう。命の価値も軽く、その土地を支配する為政者も、武力ですぐに変わるような時代だった。だが、そんな時代だからといって、罪のない人々が搾取されて良いわけではない。

 一方でその暴力性は高いエンタメ性を宿す。アシェラッドのように智謀のある者の暗躍や、トルケルのような圧倒的な力をもつキャラクターが躍動する様子は、視聴者に大きな印象を残すだろう。それはまさに作中で幼少期のトルフィンを含む若い人々が、戦士に憧れるのと同じような気持ちだ。それらは現代人が三国志や戦国時代、幕末の英雄譚を読み、憧れる姿に近いものがある。

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