現代的マーダーミステリーの決定版 『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』のすごさに迫る

 しかし偶然だったとしても、そこにイーロン・マスクのイメージを見てしまうのは無理もないだろう。というのは、本作で描かれているように、近年のSNSの発展によって、芸能関係のセレブ以外でも、急激に人々の求心力を高めた大富豪が、とくに目立ってきたという状況があるのだ。その代表例といえるのが、もともと富豪キャラとしてメディアに露出してきたドナルド・トランプであり、現在はイーロン・マスクがその後釜に座りつつある。

 Twitterを買収し、意に沿わない社員を一斉解雇したり、著名なメディアで書く記者のアカウントを凍結するなど、マスクの行動はオーナーとしても独裁的で過激なものだ。このような傲慢さや、人間味の薄いやり方というのは、一般市民の目線では不遜極まりないが、一部ではその態度に憧憬の念を感じるという場合もあるようだ。とはいってもイーロン・マスクが、本作が嘲笑的に描く「金持ちクソヤロー」の像と一致してしまっていることは間違いないだろう。だからこそ、支持者たちがバカにしていると感じてしまったのだ。

 前作で金持ちたちの虚飾や非人道的な姿勢にブノワ・ブランが怒りを示したように、本作でも、人の心を考えない傲慢な態度によって社会や人間をコントロール下に置こうとする者に対する、強い怒りが表現されることになる。本作の「金持ちクソヤロー」たちは、自分たちがこれまでの社会の常識を打ち壊す「破壊者」だと思っているが、実際には、「モナ・リザ」をレオナルド・ダ・ヴィンチに依頼したメディチ家のように、財力を持った貴族たちが富を独占し、やりたいようにやっていた時代に逆戻りさせようとしているのに過ぎないのではないか。そして、そのような古い保守的な社会観を、新しい観念であると言い張っているというのが、現在の状況ではないのか。

 「金持ちクソヤロー」の直接のモデルとなっているのは、イーロン・マスクではないのかもしれない。だが、マスク氏自身の方が、この種の傲慢さに近年急速に接近したというのが実情なのだろう。そして、そのような富豪の財力に群がり従うことで、いつしか人間性を失っていく人々のことをも、本作は糾弾している。

 本作『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は前作同様に、アガサ・クリスティに代表される、マーダーミステリーに参加するような特権的な存在を、全て茶化し、嘲笑する。そして、さらに現代における最も傲慢な存在を、バカげた建造物や、人間性と引き換えにした財力とともに、断固として否定するのである。これこそ、経済格差が広がり続ける現代社会において、多くの観客の溜飲を下げてくれるマーダーミステリーの、新しいかたちなのではないだろうか。

 古い価値観を新しい価値観であるように偽装することが流行っている現在、古いジャンルで新しいものを描こうとする本作の試みは、ある意味で世界の流れに対する、非常に痛快なカウンターとなっているのである。

参照

※ https://variety.com/2022/film/news/glass-onion-elon-musk-accident-rian-johnson-1235476309/

■配信情報
Netflix映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』
Netflixにて独占配信中
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグ、エドワード・ノートン、ジャネール・モネイ、キャスリン・ハーン、レスリー・オドム・Jr、ジェシカ・ヘンウィック、マデリン・クライン、ケイト・ハドソン、デイヴ・バウティスタ

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