『ブラックアダム』は新たな方針と外れたものに? 今後のDCコミックス映画の行方を占う
また、DCコミックスのヒーローチーム「ジャスティス・リーグ」より以前に描かれていた“元祖”ヒーローチーム「JSA(ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ)」を登場させ、彼らが助けようとするカーンダックの市民に疎んじられるというシーンも用意されている。これは、“正義”を自認するはずのアメリカのヒーローチームが、これまでパレスチナのアラブ人を助けてくれないばかりか、見向きすらしなかったことを断罪しているという構図なのではないか。
全体的には、神にも等しい力を持ったブラックアダムの圧倒的なパワーと活躍を、ひたすら豪快に描く、「大味」といえるような内容ではあるが、このような政治的な部分があるおかげで、その中身は一気にスリリングなものに変貌を遂げているのである。
善悪の基準を超え、カーンダックで悪をなす者たちを、裁判も経ずに次々に自己判断で殺害していくブラックアダムは、たしかに現代における「ヒーロー」とは呼べないだろう。しかし、自分たちの苦境を見向きもしてくれない、全く助けてくれない「ヒーロー」に、何の価値があるのか。たとえ悪であろうとも、味方をしてくれる超パワーの存在の方を応援したくなるのが人情なのではないか。そして、この“ヒーロー批判”は、アメリカンコミックや映画の世界だけでなく、「世界の警察」を自認する現実のアメリカに対する、痛快な批判にもなっているのだ。
面白いのは、その構図がいかにパレスチナの現状を描いているように見えようが、本作が描いているのは、あくまで「カーンダック」であり、そこを支配している「インターギャング」だという点である。イスラエル側に立つ人々が、本作に異議を唱えるのならば、それは自分たちが「インターギャング」のような存在であると、自らを認めることになるだろう。だからこそ、本作の描写に文句をつけるのは困難なのだ。この状況を見越して脚本が書かれているのだとすれば、見事だという他ない。
本作の監督はジャウマ・コレット=セラだが、その前に声がかかっていたのはジョーダン・ピール監督であったという。そのことからも、本作の企画に、ある種の反骨的な目論みがあったことが推察できる。このように、本作ならではの思想や美学が感じられる部分こそが、ここでは映画自体の価値になっているといえるのだ。その意味では、『ジョーカー』(2019年)や『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(2022年)のように、MCUでは表現し得なかったダークな路線と強烈な個性を持ったDCコミックス映画のありがたみが、本作にも感じられるといえるだろう。
当初こそザック・スナイダー監督が強いリーダーシップをとっていたものの、プライベートのトラブルなどもあり、近年のDCコミックスの映画作品は、ケヴィン・ファイギが統括するマーベル・スタジオと比べると明らかに引き締めが甘かったといえよう。だが、だからこそ、シリーズの整合性にこだわらない作家主義的な作品が次々に生まれたのも事実なのだ。
本作『ブラックアダム』が、新たなDCスタジオの方針と外れたものになっているのは明白だ。それは、本作に登場するスーパーマン役のヘンリー・カヴィルが、結局は降板することになったことから理解できる。そうやって、既存の作品の要素を、新しい路線のもとで排除していくことは正しいのだろうか。それは結局、“第2MCU”を生み出し、業界の多様的な映画づくりを阻害し、ヒーロー映画ブームの寿命を縮めることになってしまいかねないのではないか。
DCスタジオが、これまでのような作家主義を許さない方針を示しているのは、パティ・ジェンキンス監督が、“方針に適合しない”という理由で、『ワンダーウーマン』新作の脚本を却下され、降板したことでも明らかだろう。マーベル・スタジオが、「監督の作家性を大事にする」と喧伝しながらも、これまでに無数の監督が方針の違いから離脱しているように、DCスタジオもまた監督よりも製作統括の側に大きな比重がかけられてしまうというのは、残念なことだ。
とはいえ、ワーナー・ブラザースが新体制によってヒーロー映画ジャンルのトップに君臨するという野望を持つのは、ビジネスを考えねばならない映画会社としては、当然の決断だともいえるだろう。その目論みがビジネスの点で成功するにせよ、失敗するにせよ、内容の面で喝采を浴びるにせよ、映画ファンを落胆させるにせよ、すでに歯車は動き出している。『ブラックアダム』の今後も、その意思のなかで機能していくことになることが、すでに確定しているのである。
■公開情報
『ブラックアダム』
全国公開中
監督:ジャウマ・コレット=セラ
製作総指揮・主演:ドウェイン・ジョンソン
出演:ピアース・ブロスナン、サラ・シャヒ、ノア・センティネオ、アルディス・ホッジ、クインテッサ・スウィンデル
配給:ワーナー・ブラザース映画
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