“大空のイ・ビョンホン”と“大地のソン・ガンホ” 『非常宣言』が我々に投げかける選択肢

『非常宣言』が我々に投げかける選択肢

 これが、どれほどシリアスで危険なことなのかというところが、本作の一つの大きなポイントとなる。現在も世界では争いが絶えず、友好国であろうとも敵意や偏見を互いに持っている場合も少なくない。このような国家間の“見えざる対立”が、「非常宣言」という事態によって、一気に顕在化する瞬間が、観客の背筋をぞっとさせる、本作の最もおそろしいサスペンスなのではないか。

 これだけでも、航空パニックスリラーとして際立った面があるといえるが、予想を超えた壮大な空中アクションに突入する場面にも、多くの観客が驚くことになるだろう。ジャンルが要請するようなアクションの枠を超えてしまうほど、凄まじい映像が展開するのである。この“トッピング全部乗せ”のような豪快なアプローチは、近年ではインド映画か韓国映画以外ではなかなか見られなくなったもので、トーンを統一させたものが多いハリウッド映画のアクションに慣れ親しんだ観客ほど、体験してほしい味わいである。

 ここでパニックスリラーから一種の「ポリティカル(政治的)サスペンス」へと変化した本作は、さらにシリアスな問題を描くことになる。それは、仮に「非常宣言」が達成され、機が不時着できたとして、地上の人々が受け入れられるのかという点だ。致死率の高いウイルスによるバイオテロの発生が世界の人々の知るところとなり、その治療法が確立されない状況で乗客たちを地上に迎えるということは、自分たちをもウイルスの脅威にさらすことと同義になってしまうのである。

 いま危機にある乗客の人命を助けて、多くの市民を危険にさらすのか。それとも、乗客を犠牲にして市民の安全を優先させるか。このどちらの選択肢を選ぶかという、一種の「トロッコ問題」が突きつけられることになる。観客自身も、自分だったらどちらを選ぶのかを、考えさせられるはずなのだ。

 被害者を選ばされる「トロッコ問題」は、問題自体が不誠実だと言われることもあるが、新型コロナのパンデミックを通して、われわれも多かれ少なかれ、生死にかかわるリスクの選択を経験することになったのも確かなのではないだろうか。生きるためには外部の人やものと接する必要があり、感染対策をしつつも離れた家族や友人らと直接会う機会を持つこともある。

 たしかに、大事な人に会いにいくことは、その人や自分自身のリスクを上げることに繋がってしまう。それでも会いにいくことは、果たして正しい行動だといえるのか。しかし、人によっては、それを気にして誰にも会えないのでは生きている甲斐がないと感じる場合もあるだろう。終わりがまだまだ見えないコロナ禍によって、多くの人がこの明確な答えのない葛藤に悩んでいるのが、現状だといえるのではないか。

 このような世界的な葛藤の感情が、考え方の違いによって引き裂かれ分断される人々として、本作では象徴的に表現される。感染者を受け入れず排除する者たちも、けして悪とは言い切れない。その人々もまた守らねばならない存在がいるからである。そして、もはや善悪の基準を超えた、この問題に、本作は一応の解答を見出すことになる。ここで、映画のジャンルはまた意外な変化を迎えることになる。

 “大空のイ・ビョンホン”と、“大地のソン・ガンホ”。この韓国を代表する両者によって演じられる、生還を目指し、家族を守る人物の決断や態度は、いまださまざまなケースにおいて葛藤のなかにあるわれわれに、一つの生きる姿勢や精神性を垣間見せることになるだろう。

 もちろん、それが人命にかかわる話である以上、正しいものと言い切ることはできない。だがコロナ禍の現在に、あえてセンシティブな部分に切り込んで、観客に選択肢を投げかけ思考させることこそが、脚本をも手がけたハン・ジェリム監督の今回の狙いであり、物語の展開や演出の変化における、“驚愕の連続”という仕組みの中核を占めるものだろう。

『非常宣言』本予告

■公開情報
『非常宣言』
2023年1月6日(金)全国公開
監督:ハン・ジェリム
出演:ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ドヨン、キム・ナムギル、イム・シワン、キム・ソジン、パク・ヘジュン
配給:クロックワークス
2022/韓国/141分/スコープサイズ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵/G
©2022 showbox and MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:https://klockworx-asia.com/hijyosengen/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる