『エルピス』の食事描写が意図するもの 愛してくれる誰かを必要とする人間の欲求を考える

 そして、本作は、そんな彼ら彼女たちが「誰かとご飯を食べること」を通して、人と人が信頼関係を結んでいくことを描いている。特に、「カレーとケーキ」のエピソードは重層的だ。家族の愛を知らなかった家出少女、後の「チェリーさん」となるさくら(三浦透子/幼少期は根本真陽)が、松本(片岡正二郎)の家に帰ったら、手作りのカレーと、誕生日ケーキが用意されていた。それを美味しそうに食べる彼女と、その様子を見守る彼の幸せな時間は、後に歪められる。同じ日に松本が少女を殺していたとして逮捕されるからだ。

 検察側の主張通りのタイムスケジュールでカレーを作り、ケーキを買ったらどうなるのかと恵那と拓朗が検証し、再現した、具材が硬くて美味しくないカレーと、ぐちゃぐちゃになったケーキの図は、それだけで、松本とさくらのささやかながら幸せな光景が、理不尽に権力に踏みにじられ、歪められた事実を示していた。そしてそれらを食べる拓朗と恵那の姿は、ある種のバディ誕生の瞬間を示したものであると同時に、2人の、松本とさくらの真実の物語に寄り添い、連帯しようとする覚悟を示したものでもあると言える。一方で、「1ピースのケーキ」を巡る恵那とさくら(三浦透子)の物語は、毎話僅かな変化を見せるエンディングで繰り返されており、そこで見せるさくらの不穏な表情は、まだ私たちの知らない物語の存在を予感させないこともなく、気がかりでならない。

 誰かと一緒に「食べること」「眠ること」、誰かに「身を委ね、溺れること」。人の欲求の根底にあるのは、誰かを信じたい、信じてほしいという気持ちなのかもしれない。「太刀打ちできないくらい残酷で恐ろしい」この世界と対峙するために、私たちは、信じられる誰かを、自分のことを信じ、愛してくれる誰かを必要とする。その人の前では、美味しく何かを食べることができる。安心して眠ることができる。縋ることができる。そのことは、人を強くする。だが一方で、時に、人をうんと脆くしてしまう危険をはらんでいたりもする。恵那にとっての「この人となら食べられる」2人の人物、拓朗と、斎藤(鈴木亮平)、それぞれとの関係性は、見事にその両面を示していると言えるだろう。そして長澤まさみ演じる、そんな強さと弱さの両方を持ち合わせた浅川恵那の姿は、とても魅力的で、応援せずにはいられないのである。

■放送情報
『エルピスー希望、あるいは災いー』
カンテレ・フジテレビ系にて、毎週月曜22:00〜放送
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、三浦貴大、近藤公園、池津祥子、梶原善、片岡正二郎、山路和弘、岡部たかし、六角精児、筒井真理子、鈴木亮平ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁ほか
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美(カンテレ)
制作協力:ギークピクチュアズ、ギークサイト
制作著作:カンテレ
©︎カンテレ
公式サイト:https://www.ktv.jp/elpis/
公式Twitter:@elpis_ktv

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