観月ありさの役者道を振り返る 『ナースのお仕事』から『祈りのカルテ』医師役まで
11月19日に放送される日本テレビ系土曜ドラマ『祈りのカルテ ~研修医の謎解き診察記録~』第7話のゲストとして、観月ありさが医師役で登場する。「観月ありさ×医療ドラマ」といえば、『ナースのお仕事』シリーズ(フジテレビ系)での“ドジなナース”の朝倉役を演じていた姿が思い浮かぶが、「毎年必ず主演を務める」ことでギネス記録にもなっているように出演作を重ね、いつしかイメージは“芯のある強い女性”のようなものに変わっていった。本稿では、さまざまな役を演じるようになった彼女の俳優としての歩みについて紐解いてみたい。
キャリアを振り返ると、観月は4歳の頃から子役モデルとして活動し、1988年のドラマ『あぶない少年III』(テレビ東京系)や、 1989年の『教師びんびん物語II』(フジテレビ系)の生徒役などでドラマに出演し始めた。当時の子役の中でも一際目立つ存在で、顔立ちも声も、今の観月と変わらない完成形が既に出来上がっていたとさえ思う。大人の色気あるミステリアスな少女というイメージの「フジカラー」のCMは今でも印象に残っており、一方で『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)ではドラマコントに挑戦し、木梨憲武を締め落としたり、石橋貴明に寝床を襲われたりするなど、明るくサバサバした性格を印象づけていた。また、俳優の仕事と並行して音楽活動もしていたことからアイドルのようなイメージもあり、少女の頃から“観月ありさ”というブランドが出来上がっていた。まさに「伝説の少女」だったといえる。
その後、1991年の映画『超少女REIKO』で、映画初主演を飾る。同作では観月が持つミステリアスな雰囲気が発揮されていた。そして1992年の『放課後』(フジテレビ系)で地上波ドラマ初主演。いしだ壱成が演じる落ちこぼれ高校生と入れ替わるストーリーで、口と柄の悪いヤンチャな演技を見せた。この作品から2021年まで30年連続でテレビドラマの主演を務め続けるという“伝説”が始まる。1993年の『じゃじゃ馬ならし』(フジテレビ系)では、中井貴一を相手に勝ち気な性格で喧嘩っ早い女子高生を演じるなど、10代の頃は美少女ゆえのミステリアスだったり生意気な姿がさまになり、実年齢よりも大人びた役を演じていた印象だ。
そして、1996年から放送されたドラマ『ナースのお仕事』では、ドジながらも明るく患者に接する看護師の朝倉いずみを演じた。同作のヒットをきっかけに、女優としてこれまでの近寄り難い“伝説の少女”のイメージから、親しみやすい等身大のキャラが定着していく。また、映画『ぼくんち』では母親代わりとして幼い弟を養う姉役、2005年に放送されたドラマ『鬼嫁日記』(カンテレ・フジテレビ系)では、タイトル通り常に前向きでパワフルな鬼嫁を演じ、これが2009年からのドラマ『サザエさん』(フジテレビ系)サザエ役に繋がった。こうした等身大の役がハマるのは、本人の明るいキャラクターもそうだが、芸能界で子供の頃から活躍していて、視聴者にとってポピュラーな存在であったことが大きいのではないか。「見ていて安心感がある」というのが一番の理由だろう。
そして、2008年の『斎藤さん』(日本テレビ系)は観月の代表作となった。同作では、周りから孤立しようが「ダメなものはダメ」とハッキリと言える、正義感の強いかっこいいママを演じる。20代でもポリシーをもって強く生きる女性の代弁者となる役を演じていたが、30代頃からは憧れられる生き方をする役が似合うようになっていく。
一方で、2007年の『吉原炎上』(テレビ朝日系)、2012年『濃姫』(テレビ朝日系)や、2014年の『影武者 徳川家康』(テレビ東京系)でのお梶の方役など、時代劇にも挑戦していく。この配役は、“強く凛とした女性が演じられる役者”として認知されたことの証左だろう。ほかにも2014年のミュージカル『オーシャンズ11』や2016年の舞台『シェークスピア物語 ~真実の恋~』など、新しい分野に次々挑戦していったことで、どんな役やポジションでも対応できる女優としての厚みが生まれていった。ポピュラーな存在から本格派の役者へとステップアップしていったのだ。