『舞いあがれ!』に漂う不幸の気配 繰り返し描かれている同じ物語

 『舞いあがれ!』は11月11日までの6週(第1~第30話)の中で、同じ物語を3度繰り返している。第1~2週の五島列島編では、ばらもん凧、幼少期のクライマックスとなる第3週では模型飛行機を飛ばす場面がクライマックスとなっており、第4~6週では、大学生になった舞が「なにわバードマン」の人力飛行機で「飛ぶ」場面がカタルシスのあるシーンとして描かれた。

 小さな成功体験を積み上げた後、いよいよ舞は旅客機のパイロットを目指す決意をする。彼女の人生はいまのところ順風満帆だ。しかし、彼女の周囲には相変わらず、不幸の気配が漂っている。

 第30話。久留美(山下美月)の父親がガードマンの仕事を辞めたことが明らかとなる。一方、舞の幼なじみの梅津貴司(赤楚衛二)が務める会社はブラック企業のようで、彼には居場所がない。そして梅津が幼少期から通っていた古本屋のデラシネ堂はお店を締めるという。

 経営が順調そうに見える舞の父の工場も、これからどうなるかわからない。東大に合格した舞の兄は、大企業に3年務めた後、投資家として稼ごうと考えているが、2008年にリーマンショックが起こることを考えると、嫌な予感がする。

 舞が夢に近づくほど、周囲の人々が不幸になっていくという構造は実に理不尽だが、1990~2000年代の空気感を見事に表現していると感じる。

 舞の幼少期が描かれた1994年は、舞に父親の工場の経営が危機に陥ったことからもわかるように、バブル崩壊以降の不況の気配が漂い始めた時期だった。翌年(1995年)には、阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が起こる。1995年の出来事は本作では描かれていないが、舞台が東大阪だったことを考えると舞たちにも何らかの影響があったのかもしれない。

 2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロも劇中では触れられていないが、ワールドトレードセンターに旅客機が衝突する映像は、飛行機が好きな舞にとってはショックだったと思う。当時の日本は、長い不況が始まっていたが、デフレで物価も安かったため、お金のない若者でもそれなりに楽しめた。だが一方で、陰惨な事件が次々と起こり、非正規雇用の若者も年々増えていく。日々のニュースを見ながら、いつか自分にも「取り返しのつかない不幸が押し寄せてくるのではないか?」と不安を抱いていた。

 今はなんとかなっているが「次は自分かもしれない」という不安は、コロナ禍の現在にも通じる気分なのかもしれない。『舞いあがれ!』ではそれが、舞の身近な人々に不幸が押し寄せるという形で描かれている。

 もちろん本作は朝ドラなので、最終的には明るく前向きな場所に着陸するのだろう。そのため、こういった空気は隠し味にすぎないのだが、あの時、漠然と感じていた不安な気持ちを描いてくれた本作は、筆者にとって特別なドラマである。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK

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