『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』は2020年代の世界とリンクする 幕を開けた「双竜の舞踏」
近年のドラマシリーズは時間軸を自由自在に行き来する作品が多く、たとえば、アルバカーキ・サーガの最終作『ベター・コール・ソウル』シーズン6(2022年)は、その手法で、過去と未来が同時に存在するかのような「人生」の機微を鮮やかに描いていたが、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』に回想シーンなどはなく、つまり、人生の逡巡などが入り込む余地もない。エピソードごとに何度もタイムジャンプがあり、シーズン1全体を通して20年以上の時間が経過するのも特徴で、歴史が目の前をすごい早さで通り過ぎ、登場人物たちの貴重な子供時代が消失してしまったことは、彼らの成長に伴う役者の変更で間接的に描かれるだけだ。注意深く観ないといけない。この作品が受け手に要求することはかなり多い。
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』第1話の監督は『ゲーム・オブ・スローンズ』の名エピソードの数々を手掛けているミゲル・サポチニク、合戦シーンの演出に定評のある監督だが、今回、彼の担当したエピソードの中に大規模なバトルシーンはなく、そのかわりに用意されているのは「出産シーン」である。制作陣が「出産シーン」をミゲル・サポチニクに託した意図は明確で、本作は「出産」をバイオレンスとして描いているのである。出産が命がけであるという当たり前の前提が、「家父長制」や「君主制」というシステムに内在する悪の法則に絡み取られる瞬間、紛うことなきバイオレンスとしての「出産」が目の前に現れる。こんな結果を誰が望んでいるのだろうか? システムは主体のない悪として、私たちの問いかけに応えることなく、無慈悲に人権を奪い去っていく。2022年6月24日、アメリカ最高裁は女性の人工妊娠中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド事件」の判例を覆した。女性が自分の意思で子供を産むか、産まないか、その選択の自由がなくなる瞬間をバイオレンスとして描いた『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』は、やはり私たちの世界と地続きらしい。
ミゲル・サポチニクが第1話で示した本作の方向性に、さらに豊かな文脈を与えたのが監督のクレア・キルナーである。第4話、男たちの会話を隙間から覗く登場人物の視線のショット、鎧を脱ぐことに焦点を当てたセックスシーンの撮影。そして、第5話の「歓迎の宴」のシーンでは、完璧な美術の中で大量の人間が動き、それぞれの思惑が視線となって怒涛の勢いで交差する様子を、矢継ぎ早だが的確なカット割りと空間把握で見せていく。第9話では、次の王を巡って勢力が二分され、内戦状態に突入する国家の迷走を「王都で消えた王子の捜索」というアクションで象徴的に描き切った。『ゲーム・オブ・スローンズ』では観られなかった視点で、王都という空間を撮影したクレア・キルナーの仕事は、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の原作『炎と血』が、ウェスタロス大陸のオールドタウン、知識の城に所属する大学匠(アーチメイスター)ギルデインによって書かれた歴史書であることへのカウンターにもなっている。女性の監督であるクレア・キルナーの撮影の勝利は、男性によって書かれた歴史に対する異議申し立てとして、新たな視点を提示できているのだ。
『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン1の時点でターガリエン家もドラゴンもほとんど滅びているため、「双竜の舞踏」が悲劇で終わることは確定している。第1話の冒頭で「ジェへアリーズは知っていたのだ。ドラゴンの一族が破滅するとしたら、原因は自分たちだと」と宣言するとおりである。今回、ターガリエン家は「氷と炎の歌」の予言、つまり「いずれやってくる世界の危機に備えよ」というメッセージを歴代の王たちの間だけで秘密裏に伝承していたことが判明したのだが、その伝統も内戦で失われてしまい、『ゲーム・オブ・スローンズ』の悲劇に繋がるということなのだろう。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』は2020年代の世界に警鐘を鳴らす「氷と炎の歌」の予言なのかもしれない。私たちはこの物語を後世に伝え、団結して脅威に立ち向かうことができるのだろうか。もしくは対立して、すべて忘れ去ってしまうのだろうか。全40話が予定されている「双竜の舞踏」は、まだ始まったばかりである。
参照
※ https://www.lepoint.fr/pop-culture/game-of-thrones-la-reine-des-series-a-10-ans-12-04-2021-2421743_2920.php
※ 『文學界』2020年2月号「「惑星的ミサ」のあとでーー『ゲーム・オブ・スローンズ』覚え書き」
■配信情報
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』
U-NEXTにて独占配信中
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