なぜ“ムショ活”をドラマに? 『一橋桐子の犯罪日記』プロデューサーが語るエンタメの力
和やかな現場の空気はいつも“桐子さん”な松坂慶子のおかげ
――いつまでも変わらずお美しい松坂さんが、白髪まじる素朴な高齢の女性になりきっている姿にも驚きの声が挙がっています。松坂さんを桐子役にキャスティングしたのはなぜですか?
宇佐川:実は2年前に最初の企画書を出した段階から、桐子のイメージキャストに松坂さんのお名前は入れていました。刑務所に行きたいという言葉を聞いて、「この人、本気なんだな」と思わせる人は松坂さんしかいない。もし松坂さんがNGというなら、今回はご縁がなかったと思ってドラマを諦めるくらいの勢いで口説き落としました(笑)。
――桐子さんの言動に嘘がないといいますか、特に万引きのシーンは観ているこちらも手に汗握るほどの鬼気迫る演技でした。
宇佐川:本当に、松坂さんは一つひとつのシーンに全身全霊で挑まれる方なんです。万引きのシーンなんかは明らかに憔悴しきっていて、ものすごく力を使ってくださっているのがひしひしと伝わってきました。松坂さんに対して大変失礼なんですが、本当に一生懸命な姿を前にすると、「頑張れ、頑張れ」と心の中で応援せずにはいられないんですよね。そんな松坂さんが演じてくださったからこそ、桐子というキャラクターがより魅力的になり、ひいては「なぜこんな素敵な人が刑務所にいかなきゃならないのか」という問題定義に繋がるのだと思います。
――松坂さんが演じることで、より際立った一橋桐子というキャラクターの魅力はどこにあると思われますか?
宇佐川:桐子自体も人として十分な魅力があるのに、自分では気づいていない。そこがポイントで、桐子さんを見ていると「周りを見渡せば、こんなに人がいるのにまだ刑務所に行きたいって言ってんの?」って思いませんか(笑)。そういうところがやきもきするし、「も~桐子さん!」ってついつい何かをしてあげたくなる部分なんだと思います。でも人間は案外そういうもので、一度自分はダメだと思い込んだら周りが見えなくなるんですよね。だから視聴者それぞれの心の中にいる桐子に、「あなたも気づいていない魅力があるよ」「ちゃんと見て」って語りかけられたらいいなと思います。
――そんな桐子が社会とつながる場として“句会”が印象的に描かれています。原作では桐子と知子(由紀さおり)は高校の同級生ですが、ドラマでは句会で出会った設定に変わっていますよね。
宇佐川:調べていくと、句会や歌声サークルなど、高齢者の方々の集まりって結構あるんですよね。そこで友情を育まれる方も多い。いくつになっても桐子と知子のような関係性を築くことはできるし、認め合える。そういうことをドラマで伝えていった方がいいんじゃないかと思い、設定を変えさせていただいた次第です。
――原作との違いでいえば、岩田剛典さん演じる久遠はドラマでより“犯罪アドバイザー的”存在感が強まっています。
宇佐川:これまで桐子を支えてきた知子という存在の代わりになれる人って誰だろうと考えた時に、まず女子高生の雪菜は必須だと思いました。どちらかといえば、雪菜は精神的な支え。じゃあ、桐子の“ムショ活”の支えになる存在として、原作でも犯罪のアイデアをくれる人物として描かれていた久遠という人間に託そうと。そこからなぜ久遠は犯罪に詳しいのか、パチンコ店に勤める前は何をしていたのかと設定を膨らませていき、今の彼が出来上がりました。
――久遠も回を追うごとに人間味が溢れる魅力的なキャラクターですが、見た目がワイルドで岩田さんの今までのイメージとはガラリと変わりますね。
宇佐川:岩田さんって、すごく可愛らしいお顔立ちをしているのに意外と声が渋いんですよね。そのギャップが魅力的だと思っていて、以前から思い切り声のワイルドさにかじを切った役が見てみたいという気持ちがありました。あと私はいつも俳優さんと演じるキャラクターの心根の部分が合致するようにキャスティングを心がけているんですね。それは『正直不動産』の時に実感したことで。人が見えないところで、ものすごく努力している主人公の永瀬を、海外のオーディションにも積極的に参加し、俳優として貪欲に高みを目指している山下智久さんが演じた時にすごくハマったんです。
――久遠と岩田さんの共通点はどこにあると思われますか?
宇佐川:ムショ帰りの久遠はぶっきらぼうで粗暴に見える時もあるけど、実は頭が良くて気品がある。弁護士になり、人の役に立ちたいという人生の目標も持っていた人間です。一方、岩田さんも理路整然とした話し方に聡明さがあり、ご自身の人生についてもしっかりとした考えを持っていらっしゃる方。これ以上、久遠というキャラクターに合う人はいないだろうと思い、オファーさせていただきました。
――長澤樹さんも雪菜役にすごくハマっていて、とても17歳とは思えない洗練された雰囲気がありながらも、桐子と話していると年相応の無邪気さが滲み出てとてもかわいらしかったです。
宇佐川:長澤さんは心の内に何かを秘めた繊細で内向的なお芝居がお上手で、そこが映画で重宝されていた理由だと思います。ただ雪菜は海の航海に出ていくようなキャラクターのイメージがあり、かつ松坂さんと対峙するにはもうひとつ勝負できるものが欲しかった。もっと外に開かれたお芝居ができれば、彼女自身の世界も広がるんじゃないかと思いもありました。そこで、オーディションの最中に「竹を割ったような人格で演じてみてください」とお願いしたところ、物の見事にイメージにぴったりの演技を披露してくださって。私も監督もその瞬間に「これだ!」と意見が一致し、長澤さんに決まったという経緯があります。クランクインしてからもこちらのアドバイスをどんどん吸収し、今までとはまた違った魅力を見せてくれました。
――長澤さんにとっては周りがベテランの俳優さんばかりで緊張されたと思いますが、桐子と雪菜のコンビネーションも抜群で年齢差を感じさせない対等な友人同士に見えました。現場の雰囲気づくりで心がけたことはありますか?
宇佐川:そこは何といっても松坂さんの力です。松坂さん自身のキャラクターが相手に緊張感を与えないんですよ。NHKの『うたコン』という番組の収録帰りで松坂さんがステージ衣装のまま現場に来られた時があるんですが、あまりのオーラに目も合わせられなかったんですね。でも緊張したのはそれきりで、他の撮影中はずっと“桐子さん”なんです。プライベートでも可愛らしいカチューシャをつけていらっしゃったり、みんなの輪の中で談笑しながら休憩を取られていたり、そのおかげで現場も常に和やかでした。
――その和やかな空気がドラマにも滲み出ていて、特に第4話での桐子、久遠、雪菜、そして宇崎竜童さん演じる寺田が偽装誘拐を企てるシーンはとても楽しく拝見させていただきました。
宇佐川:偽装誘拐のシーンは4人それぞれの成長と、彼らがチームになる姿を描こうと思い、私たちも楽しみながら作っていきました。
――まるでコミカルな『万引き家族』を観ているような気持ちにさせられました。同作や『阿佐ヶ谷姉妹』でも描かれていましたが、桐子たちの間には“疑似家族的な繋がり”が生まれつつありますよね。近年とても注目されている関係性だと思うのですが、宇佐川さんもそこに希望を見出しているところはあるのでしょうか。
宇佐川:ありますね。コロナ禍において、改めて深まっていく関係性だと思います。ただ桐子たちのように、その繋がりを声高に叫ぶことはしなくてもいいと思うんです。血の繋がりがあるなしにかかわらず、自分以外の誰かがいると思える状況。そういう心持ちに意味があるんじゃないでしょうか。
――桐子にも最後は自分の幸せを願っている人がたくさんいることに気づいてほしいですね。11月5日にはついに最終回を迎えますが、その見どころを教えてください。
宇佐川:皆さんに愛してもらった桐子が果たしてどうなるのか。それが、すべてですね。刑務所に入るのが本当に幸せなのか、そうじゃないのか。はたまた入る/入らないは関係ないのか。例えば生活保護などのセーフティーネットに頼って、何とか“娑婆”で生きていくという選択はそれはそれでリアルかもしれませんが、それだったらドキュメンタリーでもできる。特に高齢者犯罪や孤独死の問題は明確な答えがないので、議論の末に絶望的な気持ちになって終わってしまいがちです。だからこそ、このドラマではちょっとしたファンタジーの力も借りながら、「桐子さん、良かったね」とみんなに思ってもらえるラストにしたつもりです。今こそエンターテインメントの力を信じたくて作ったドラマなので、どうか桐子さんの行く末を最後まで楽しく見届けてください!
■放送情報
土曜ドラマ『一橋桐子の犯罪日記』
NHK総合にて、毎週土曜22:00~22:49放送(全5話)
出演:松坂慶子、岩田剛典、長澤樹、片桐はいり、宇崎竜童、木村多江、由紀さおり、草刈正雄ほか
原作:原田ひ香『一橋桐子(76)の犯罪日記』
脚本:ふじきみつ彦
音楽:長谷川智樹
制作統括:高橋練(NHKエンタープライズ)、清水拓哉(NHK)
プロデューサー:宇佐川隆史(NHKエンタープライズ)
演出:笠浦友愛、黛りんたろう、加地源一郎
写真提供=NHK