実写版『ピノキオ』の出来をアニメーション版と比較考察 近年のディズニーの方針を踏襲?

 ディズニーのクラシックアニメーションのなかでも、とくに人気がある『ピノキオ』(1940年)。いま観ても全く色褪せていないのはもちろん、ありとあらゆるアニメーション作品のなかで頂点に位置する一作だと言っても、過言ではない名作だ。

 それだけに、アニメ映画の公開より80年の時を経て2022年に公開された実写版『ピノキオ』は、ディズニーによる実写版シリーズのなかでも厳しい目にさらされることは必至の企画である。ここでは、そんな脅威の名作の実写版の出来がどうだったのか、何を描こうとしていたのかを、クラシックアニメーションの内容と比較しながら考えていきたい。

 「アニメーションは実写を超えた究極の芸術になり得る」という意見がある。絵というものは、画面に描きこむ一木一草に至るまでアーティストが心血を注ぎ込んで魅力的に表現することができるからだ。それだけに、何万枚も絵を連続させていくアニメーションには、どれだけでも資金や労力を注ぎ込むことができるのが恐ろしいところである。そういった意味において、長編を製作し始めた時代のディズニー作品は、採算を度外視して同時代のアニメーション作品とは比較できないほどの高いレベルで、芸術性と娯楽性を融合させようとしていたといえる。

 ディズニーの9人の偉大な初期アーティスト、「ナイン・オールドメン」の一員であったフランク・トーマスとオーリー・ジョンストンは、著書『生命を吹き込む魔法』のなかで、ディズニーの初期のアーティストたちの卓越したイマジネーションを讃えながら、その後「アニメーションは洗練の方向に向かい、彼らのスタイルとは相容れなくなっていたのだ」と記している。

 当時の「ウォルト・ディズニー・プロダクション」は、代表者ウォルト・ディズニーの狂気にも似た情熱に裏打ちされた指揮によって、アニメ界のトップ・オブ・トップの座を手に入れていたとはいえ、まだどれほどのコストを作品にかければ良いか試行錯誤している段階にあったといえる。

 その後、大赤字となった次作『ファンタジア』(1940年)を頂点として、ディズニーも効率化、形式化という意味での洗練が進み、超一流であることに変わりはないものの、フランク・トーマスらが言うように、際限のないイマジネーションや、アーティストの突出した個性が、以前ほどには発揮されにくい状況になったといえるだろう。つまりディズニーアニメ『ピノキオ』は、この時期だったからこその異常な熱量が反映されている“奇跡の作品”だったといえるのだ。

 そう考えると、近年のクラシック実写化企画の一つである今回の実写版『ピノキオ』は、超大作級の製作費が投じられているとはいえ、アニメ版の常軌を逸したほどの境地に届くというのは、ほぼ不可能なことだといえるし、そこまでの領域に至らなかったことで作り手を責めるのは酷だというのが前提である。

 ロバート・ゼメキス監督は、非常に手堅いアプローチで、原作のイメージを壊さないように観客を楽しませようとしていることが分かる。ゼメキスのCGアニメーション映画は、実写に近いリアリティのあるデザインが多かったが、クラシックアニメ『ピノキオ』の素晴らしい点である、かわいらしいキャラクターデザインを、かなりの部分まで踏襲しているのである。その象徴が、アニメ版そっくりにデザインせざるを得なかったピノキオの造形であろう。

 問題は、このようにアニメ版へのリスペクトを保つ姿勢に、挑戦的な部分が希薄だったという点だ。たしかに、本作には第一線の美術スタッフが多数参加している。しかし、スタッフたちの独自のイマジネーションは、限定的にしか発揮されていないというのが正直な印象である。アーティストたちの才能がことごとく花開いたアニメ版の存在が、現在のアーティストを縛り付けている……これは皮肉なことではある。

 しかし、本作には新鮮な要素もある。それが、作品に現代的な要素を入れて、いま観る意義のある内容に仕上げている部分だ。

 最も分かりやすいのは、オリジナルキャラクター、ファビアナ(キアン・ラマヤ)が登場して、ピノキオを助けるところだ。明言はされないが、彼女はバレリーナになることを夢見るも、脚のけがによって道を絶たれ、人形劇団で踊り子の人形を操作することで第二の夢を追いかけているようだ。人形への愛情が深く、自立した存在になろうとするファビアナの存在と、彼女の未来の展望は、アニメ版における人形劇団の顛末を爽やかなものにしている。

 “良心”をテーマにしていることで、アニメ版はピノキオが世の中の誘惑にさらされる局面が多かった。そのため、作品を観る子どもは、世の中を怖いものと感じ、家の中から出ないことが無難だと思わせてしまうところがあったと感じる。そこで、社会の側にも良心があるという描き方に変えているのは評価できる点なのではないか。

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