『ONE PIECE FILM RED』は“聴く映画” ネット黎明期のように崩壊する幻想

 通常、映画は「観る」ものだと考えられている。しかし、実際には観るだけでなく「聴いて」もいる。

 特に、『ONE PIECE FILM RED』は聴く映画と言っていい。映画館という空間で音に囲まれることで最大の力を発揮するタイプの作品だ。

※本稿は、『ONE PIECE FILM RED』のネタバレを含みます。

 本作に限らず、今の映画館では音が最も重要な要素だと言っても過言ではないかもしれない。音楽をフィーチャーした作品は、この映画以外にも近年大量に生まれているし、コンサートを生中継するライブビューイングやライブドキュメンタリーも増加している。映画館に音を聴きに行くと表現しても、それほどおかしなことではないはずだ。

 映画館はサラウンドシステムで観客を音で囲む。本作は、その体験そのものを物語とリンクさせることで抜群の劇場体験を創出している。それは、同じ物語、同じ映像であっても映画館の音響なくしては表現できないものがあることを示していると言える。

音が観客を映画の世界に引きずり込む

 映画は生まれた当初、それ自体は音を持たない「サイレント映画」だったが、上映される劇場自体が無音だったことはほとんどない。1895年にリュミエール兄弟が初めて上映を行った時にも生のピアノ伴奏を伴っていた。フィルムと音声を同期させる技術が開発されトーキー映画が誕生したわけだが、その以前から映画は常に音とともにあったのだ。

 動く映像という新しい表現技術だった映画は、その興行においてどうして音を必要としたのか。それは、端的に言って、映像だけでは退屈だからだ。正直、無音で映像をじっと観ていて没入感を味わえるかというとそんなことはない。マイケル・ベイの映画ですら音を消すと迫力を感じない。

 初期の映画館のサウンドシステムは、1チャンネルのモノラルだった。これがやがて、ステレオになると音場が拡大し映画表現は格段に豊かになっていく。

 ステレオサウンドを生かした映画に、1976年のバーブラ・ストライサンド主演の『スター誕生』がある。歌手でもあるストライサンドは、この映画で製作総指揮も務めていたが、スタジオ重役の反対を押し切ってドルビー・ステレオの導入にこだわった。

 映画音響の歴史を描いたドキュメンタリー映画『ようこそ映画音響の世界へ』で、ストライサンドはなぜ『スター誕生』にステレオサウンドが必要だったのかを語っている。それは、とりわけ歌唱シーンにおいて、「音に包まれると、映画の観客も会場にいるような気持ちになれる」からだ。

 この「音で包む」能力を、映画館はさらに追及していく。1979年、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』では、現在主流となっている5.1チャンネルのサラウンドシステムを初導入。5.1チャンネルのサラウンドシステムは、正面、右前方、左前方、右後方、左後方、低音出力用サブウーファーと多方向から観客を取り囲むように音を聞かせるシステムだ。

 なぜ、『地獄の黙示録』は、音で観客を取り囲む必要があったのだろうか。それは、観客をベトナム戦争の地獄に引きずり込むためだ。あの戦場に放り込まれたように感じさせないと、主人公が体験した狂気(それは当時、米国兵がベトナムで体験していたことでもある)が観客に伝わらないからだ。

 『ようこそ映画音響の世界へ』の中で、映画監督のデヴィッド・リンチは「音が観客を映画の世界に引きずり込む」と音の重要性を端的に語っている。素晴らしい映画には、常に素晴らしい音がある。

 『ONE PIECE FILM RED』は、音の「引きずり込む力」を最大限に生かした作品だ。

 物語は、かつて音楽の島として知られたエレジアで、ウタという謎の少女が初めてライブを開催するところから始まる。冒頭から、彼女の歌唱シーンが多く、本作が音楽映画であることを強く印象づける。

 ウタの目的は歌で人を幸せにして新時代を作ることだというが、中盤になるとその真相が明かされる。彼女は「ウタウタの実」の能力者で、その能力は歌を聞かせることで人の精神を仮想世界に閉じ込めることができるというものだ。大海賊時代に苦しんでいる人々の精神を救済するため、新しい時代として嫌なものは何もない歌の世界をウタは提示する。

 この「歌で人を引きずり込む」能力に説得力を与えているのは、映画館の音響だ。観客を映画の世界に引きずり込む映画音響の力と、「ウタウタの実」の能力はリンクしている。それ故、本作は映画館で鑑賞してこそ最大の魅力を発揮する。

 最初の楽曲「新時代」が披露された時から、実は登場人物たちはみな「ウタウタの実」の力で歌の世界「ウタワールド」に引きずり込まれている。映画館の観客は、そのことに気が付かないまま(現実とは違う世界であることを伏せたまま)物語が進行していく。あたかも、観客も登場人物たちと同様に、ウタの歌唱に聞き惚れているうちにウタワールドに取り込まれてしまったかのように。

 映画の世界に観客を引きずり込む映画館の音の力とウタワールドに人の心を引きずり込む「ウタウタの実」の力は、似ている。この能力は、筆者には映画館の音響システムの具現化に思える。

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