『ジェイコブと海の怪物』と『ヒックとドラゴン』の相似 戦争と歴史をめぐる物語

戦いを続けようとする男と戦いをやめる男

 メイビーとレッドブラスターの前で「もう二度と怪物を狩らない!」と宣言したジェイコブだが、彼には対峙しなければいけない相手がいた。“父親”であるクロウ船長だ。

 レッドブラスターに憎悪を燃やすクロウのキャラクター造形から、多くの人がハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』の主人公、エイハブを思い起こすだろう。『白鯨』が1926年に最初に映画化されたときのタイトルは本作と同じ『The Sea Beast』だった。イネビタブル号の乗組員が多様性に富んでいるのは、エイハブの乗るピークォド号を踏襲しているからだろう(もちろん、昨今の潮流に合わせたものでもある)。

 ジェイコブとクロウには血の繋がりがないが、そこには古いタイプの家父長制度の影響が色濃く残っており、“父親”の言うことは絶対だと父親も息子も信じて疑わない。ふたりを繋げているのはハンターという生き様であり、戦いだった。一方、孤児のメイビーもジェイコブに「家族」になろうと提案する。メイビーのビジョンは戦いのない平和なものだった。ジェイコブはふたつの家族の間で揺れ動く。

 『ジェイコブと海の怪物』と『ヒックとドラゴン』を比べると、登場人物がきれいに相似している。怪物と交流して共存を説く子ども(メイジー、ヒック)、戦いをやめようとしない旧世代(クロウ、ヒックの父・ストイック)、そして子どもと怪物の影響を受けて変化する戦士(ジェイコブ、ヒックが憧れる少女・アスティ)。『ヒックとドラゴン』では脇役だった変化する戦士が、『ジェイコブと海の怪物』では主人公に据えられているのが面白い。『ジェイコブと海の怪物』が見せたかったのは、ジェイコブが揺れ動くさまなのだろう。

 そしてついにジェイコブは自分の意志で戦うことをやめ、クロウに公然と反逆する。クロウは「お前はヒーローとして誇り高く死んでいった過去のハンターたちも侮辱した」と激昂するが、ジェイコブは「ヒーローでもあっても間違いは犯す」と反論する。どこまでも戦いをやめなかったクロウだが、最後は戦わなかったメイジーに命を救われ、ジェイコブにあらためて不戦の誓いを突きつけられる。

 主人公たちが戦いをやめた『ジェイコブと海の怪物』には、『ヒックとドラゴン』のようなわかりやすいクライマックスがない。取り残されて呆然自失となった旧世代の男、クロウの末路は、ヒックの良き理解者となった旧世代の男、ストイックとは異なる厳しいものだ。その部分こそ本作が一歩踏み込んだ部分だと評価したい。

権力と歴史の修正

 『ジェイコブと海の怪物』は戦争と歴史をめぐる物語でもある。王室は海にハンターを送り出して怪物を次々と狩り、小さな国は栄えていった(描かれていないが、おそらく怪物を倒すことで他国から利益を得ていたのだろう)。国民は戦いに疑いを持たず、ハンターたちも自分たちの正義と「立派な死」を信じきって戦いに没頭していた。人々のイデオロギーを支えたのは、王室が作った書物だ。そこには、凶暴な怪物たちが地上の人々を襲っていたという王室にとって都合の良い偽の歴史が書かれていた。王室のプロパガンダは成功していたのだ。

 メイジーもその本を肌身離さず持ち歩いていた。しかし、レッドブラスターと心の交流を持ったメイジーは本の内容に疑問を持つ。本作のクライマックスは戦いではなく、メイジーが城の前で国王や人々の前で行った「演説」だ。彼女は本に書かれた国の歴史が作り話の嘘だったと叫ぶ。怪物が人を襲っていたのではなく、人が怪物を襲っていたのだと。

 権力者が自分たちに都合良く歴史を書き換えて人々を操り、さらに権力を高めて富を集中させようとするのは、世界のあちこちで行われてきたことだ。もちろん日本でも例外ではない。海洋冒険ファンタジーに胸躍らせていた視聴者の子どもたちは、いつしか歴史の修正について学ぶことになるだろう。そこに疑いを持つのがメイジーという自分たちと年がそれほど変わらない少女だということも印象に残るのではないだろうか。偉そうにしている大人たちが言っていることが、すべて正しいとは限らない。

 本作ではメイジーがロープを切る行為が象徴的に描かれている。最初はレッドブラスターとイネビタブル号をつなぐロープを切る。仲間を犠牲にしてでもレッドブラスターを倒そうとしたクロウは激昂し、メイジーを殺そうとするが結果的にジェイコブとともに海に投げ出される。ラスト近くでは、城の前でつながれたレッドブラスターを助けようとして、つながれている太いロープを切ろうとする。このときはクロウに忠実だった一等航海士、サラ・シャープが大きな刀で手助けしてくれた。彼女はメイジーと同じくダークスキンの女性である(国王に反逆した将軍も女性だった)。

 メイジーは古い世界と人々を結びつけていたロープを断ち切り、ジェイコブとレッドブラスターとともに旅立つ。世界は大きく変わったが、人々と怪物は離れ離れのまま、怪物の住む世界は人々にとって謎のままという共存のビジョンが示されて映画は終わる。とはいえ、肩ひじの張った真面目一辺倒の作品ではなく、アクションも豊富でシリアスなシーンとコミカルなシーンも巧みに配置されている。観終わった後、『ジェイコブと海の怪物』は子どもたちが2022年の夏休みに観るには最適な映画だとあらためて感じた次第である。

参照

※ https://top10.netflix.com/

■配信情報
『ジェイコブと海の怪物』
Netflixにて配信中

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