『ベター・コール・ソウル』砂漠地帯のアルバカーキに涙雨が降る、慟哭のエピソード

※本稿には『ベター・コール・ソウル』シーズン6のネタバレを含みます。

 エピソードタイトルは“Waterworks”。日本語で「灌漑事業」と題されたそれはキム・ウェクスラー(レイ・シーホーン)が働くスプリンクラーメーカーの事業を指す。彼女が作成する商品カタログの文句は「灌漑に新しい道を切り開く」だ。そして“Waterworks”にはもう1つ、「涙を流す」という意味もある。『ベター・コール・ソウル』シーズン6の第12話は砂漠地帯のアルバカーキに涙雨が降る、慟哭のエピソードだ。

 キムはフロリダで平穏な日々を送っていた。心優しい夫、ありきたりのご近所付き合い、誰の手も必要としない単調な仕事、刺激のない性生活、平凡で実のない会話……フロリダの陽光も色褪せるモノクロームの毎日はオマハの煉獄と地続きで、今やキムは同僚に贈るアイスクリームの種類すら選択することができない。そこへヴィクター・セントクレアと名乗る人物から電話がかかってくる。シーズン2の第1話、ジミー(ボブ・オデンカーク)とキムが居合わせた投資家を騙した時に考えついた名前だ。ここで物語は前回、ソウルが電話をかけていた場面につながる。離婚以来6年ぶり、『ブレイキング・バッド』の大事件を経たジミーとの会話にキムは動揺を隠せない。ようやく絞り出した言葉は「自首すべきよ」だった。ジミーは激昂する。「オレが何を選択してきたか知らないだろ。君こそ自首しろよ。罪の意識があるようだ」

 ハワード(パトリック・ファビアン)の死によって自由意志と選択を恐れてきたキムは、しかし再びアルバカーキの地に降り立つ。毎日のように通った裁判所には見慣れた顔がなく、あの駐車場にもランチスペースにも人影はない。ふと、女性弁護士の姿に目がとまる。依頼人の身なりを甲斐甲斐しく整える彼女は、あのまま弱者のために闘い続けたもう1つのキムの姿かもしれない。選択がキムをこの奈落へと追いやったのなら、贖罪を果たすのもまたキムの選択だ。彼女は検事局で供述調書を取ると、それを持ってハワードの未亡人シェリル(サンドリーヌ・ホルト)のもとへ向かい、一部始終を告白する。シェリルは「あなた達はウソをつき、彼に汚名を着せた。みんなの記憶にあるのは汚されたハワード像よ」と詰め寄る。しかし物的証拠はなく、キムの証言を裏付けるジミーも行方が知れない。訴追される可能性は限りなく低いのだ。「なぜ今さら告白したの?」という問いに、キムが答える姿は描かれない。

 その帰りのバスで、キムは泣く。涙はとめどなく流れ、嗚咽が止まらない。名も知れぬ隣り合わせた誰かが彼女の腕にそっと手を置くが、それがキムを救うことはないだろう。

 このエピソードでは冒頭と中盤、離婚届にサインをするジミーとキムの姿が描かれる。今や「いつか忘れることができる」がモットーとなったジミーは冷淡に振る舞い、キムは何か言葉を呑み込んで事務所を後にする。外はアルバカーキでは珍しい土砂降りの雨だ。軒先で煙草に火を点けると、隣に若い男が立っていた。ジェシー・ピンクマン(アーロン・ポール)だ。「グッドマンはつかえるか?」。これは『ブレイキング・バッド』シーズン2の第8話、ウォルター(ブライアン・クランストン)とジェシーが弁護士を探してソウル・グッドマンに依頼する直前の場面とわかる。キムはただ目の前の冷たい雨を見つめながら「私の知ってた時はね」と答える。事もあろうにこの言葉が太鼓判となってソウルとウォルターを結びつけてしまうのだ。彼女もまたアルバカーキサーガの行く末を決定づけた重要な主人公であり、思いがけないキムとジェシーの邂逅に心揺さぶられる名場面である。

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