『SPY×FAMILY』が世界的に愛される理由 “未知”を知ろうとすることの大切さ

 2022年春アニメの中で国内にとどまらず世界的に注目され、愛された『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』の第1クールが最終回を迎えた。なぜ、本作が国境を超えて多くの人に親しまれたか、その理由を考えるのは容易い。年齢を問わずアニメに馴染みのない人でも観やすい作風と、普遍的なテーマを扱っているからだ。

『SPY×FAMILY』公式サイトより

 1960年代から1970年代頃の架空国家、東国ことオスタニアと西国ウェスタリスの間に鉄のカーテンが下りてからしばらくが経ち、人々は平和な暮らしを送っていた。しかし、水面下ではいつ戦争がまた始まってしまうかも分からない一触即発の状態。その危機を回避するために日々あくせく諜報活動に勤しむのが主人公の“黄昏”ことロイド・フォージャーだ。そんな彼が東西平和を脅かす国家統一党総裁、ドノバン・デズモンドに接触するために偽の家族を作るミッションにて、超能力者のアーニャと殺し屋のヨルと暮らし始める。それぞれがお互いの正体を奇跡的に(?)知らずに一つ屋根の下で家族になる……この設定がズルいくらい面白いし、いかように調理しても旨味が溢れてくるような作品だ。

 しかし、興味深いのは上に述べたように、本作の舞台設定やキャラクター背景が実はかなり暗いことだ。「戦争」というダークなキーワードを軸に、この偽装家族の全員がこれによって傷を負っている。ロイドは西国の出身で、前回の東西国をまきこんだ大きな戦争により、戦争孤児になった。第1話では瓦礫の中で子供の頃の彼が泣きじゃくる様子がフラッシュバックとして描かれ、「かつての自分のように、子供が泣かない世界を作るため」と、個人の人生を諦めてまで“黄昏”として活動する志が明らかになった。ヨルは幼い頃に両親を亡くしたせいで、弟ユーリの面倒を見るためにも子供の頃から働くことを強いられた。そこで選んだ道が殺し屋であり、理不尽なことばかりで汚れたこの世を“綺麗”にすることで弟が安心して暮らせる世界を作ろうとする。余談ではあるが、彼女の所属する「ガーデン」は東国にとって邪魔になる存在の暗殺依頼を請け負う組織。つまり、西国のスパイであるロイドとは対岸の存在なのだ。なお、彼女の弟ユーリも東国の秘密警察としてロイドとは敵対する関係にある。そしてアーニャも、とある組織の実験として生み出された“被検体007”という顔を持っている。実際、冷戦時代には数多くの被人道的な人体実験が存在したことが今日確認されているが、アーニャはそういった実験の被害者でもあるのだ。

 このように、いくらでも暗い方向に持っていける舞台設定とキャラクターの背景であるのに、本作はとにかく明るい。むしろ闇を知り、何でもない日々を過ごすことの素晴らしさを理解している彼らだからこそ送れる“ほのぼのとした日常”の作品になっているのだ。そして現実に暗いニュースが溢れる今だからこそ、この作品の前向きさと温かみが私たちにも沁みる。何より、これだけ壮大で非日常的な設定やキャラクターを扱っているのに高く共感される作品になっているのは、家族、恋人、親と子供、学校の友達、職場の同僚など“身近な人間とのコミュニケーション”という非常に普遍的なテーマがあるからだ。

 例えばアーニャと出会い、暮らし始めることになったロイドが次に妻役としてヨルに目をつけた第2話では、暗殺者としての彼女の様子がアクションシーンとして描かれていたものの、職場の人との人間関係に悩む描写が大半だった。その後、偽装家族としての生活が始まってからも、ロイドはアーニャという得体の知れない存在……“子供”を知ろうと努力し、彼女に多くを期待する前にまずは自分が父親として成長しなければいけないことを痛感する。アーニャの教育方針について悩むシーンも多いが、その度に横にいるヨルがいつもアーニャの側に立ってロイドに意見していた。

 この二人といえば、第6話で制服を見せびらかしていたアーニャがチンピラに誘拐されそうになったときにヨルが助けたエピソードが印象的だ。この回で、ヨルは公園に集う親子連れを見ながら、たとえ偽りの関係だとしても自分もアーニャにとって良い母親でいたいと願うようになる。しかし、彼女は“世間一般の母親”を知らない。言ってしまえば、ロイドだって知らないことなのだ。だから自分の知るやり方(必殺パンチ!)で二人は彼女を守る。しかし、このとき野菜をダメにしてしまったことで「ダメな母親でごめんなさい」とヨルは落ち込む。そんな彼女の頭を撫でながらアーニャは「強くてカッコいいはは好き!」とフォローをし、“そんな母のようになりたい”という言葉で彼女を救うのだ。世の中の、特に初めてお母さんになった人はどのような母親になればいいのか、何が正解なのかわからない。世間は「これが良い母親」というイメージを無責任に押し付けるばかりで、混乱するのが当たり前だ。しかし、そういった固定観念という呪いを解いてくれるかのように、ときどき子供は親が驚くような方法で彼らを慰めてくれることだってある。その不思議だけど非常に温かい気持ちがこのエピソードからは滲み出ていた。

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