『ミズ・マーベル』に感じるMCUの新たな息吹 カマラは多くのマイノリティの若者そのもの

『ミズ・マーベル』に感じるMCUの新たな息吹

 そんな現実を踏まえると、本シリーズで母親が「現実を見なさい」と忠告するのも、カマラがヒーローに憧れつつ、“ヒーローになれない”、“主人公になれる人間ではない”と考えてしまうのも無理がないところがある。そういった保守性への反発と見られる描写は、初期のマーベル・スタジオ映画への批判的な自己言及として見ることもできるだろう。

 ムスリムが偏見にさらされる理由の一つには、アメリカ市民のイスラム教に対する先入観もある。冷戦が脅威となっていた時代から、ソビエト連邦解体前後にかけて、アメリカ映画が描く国外からの“脅威”の代表は、ソ連、ロシアのイメージだった。その後、新たな脅威として、『トゥルーライズ』(1994年)や『エグゼクティブ・デシジョン』(1996年)など、イスラム過激派のテロ組織が脚光を浴びることとなる。皮肉なことに、その懸念は現実のものとなり、2001年に「アメリカ同時多発テロ事件」が起こってしまう。この流れによって、いよいよアメリカ在住のムスリムはヘイトクライムの対象となったり、肩身の狭い思いをすることとなった。

 忘れてはならないのは、これまでアメリカにしろ日本にしろ、イスラム教以外の宗教を基にした暴力的な事件や、様々な問題は起き続けているということである。そのような事実をもって宗教全体を否定することが理不尽なのと同様、ムスリムやアラブ諸国全体に疑惑の目を向けることは、実情を無視した差別にあたることとなる。

 しかし、2019年当時の大統領ドナルド・トランプが、ムスリムの議員に対し「出ていけ」と発言したり、アラブ諸国からの入国制限をするなど、近年のアメリカでムスリムへの差別が横行していたのが実情だ。だからこそ、善良なムスリムが描かれ、正義のために戦う姿が映し出される本シリーズの発表には重要な意味があるのである。

 とはいえ、ムスリムの社会に問題がないわけではない。本シリーズがとくに素晴らしいのは、ムスリムの内部で女性が軽視されているという実情をも紹介している点だ。イスラム主義組織「タリバン」はもとより、「宗教国家」といわれるイランにおいても、女性が生きにくい社会が形成されていることは周知の事実だ。そんな女性蔑視の習慣は、パキスタン系の移民にも残存しているのである。本シリーズにおいて、ムスリム女性監督が礼拝所での女性差別を描写することは、内部からの告発の意味を持つこととなる。ムスリム社会への問題提起をすることと、ムスリムへの差別を解消することは、同時に成り立つ話といえるだろう。

 同時に本シリーズは、“移民の若者”のドラマでもある。中国系カナダ人の女の子を主人公にした『私ときどきレッサーパンダ』(2022年)で、主人公の厳格な母親がアイドルグループのコンサートに行くことを反対するのと同じく、カマラもまた両親に「アベンジャーズコン」への参加を禁じられたり、コミュニティからの抑圧を受けるなど、不自由な状況にある。

 アメリカという、個人主義や自己決定を大事にする国で、ルーツの国の価値観との板挟みにあうというのが、移民の子孫特有の悩みになることがある。それがアイデンティティの問題とも結びついていることで、とくに自分の生き方を決めようとする思春期には人一倍悩みが多くなるのだ。

 そんなリアルな移民の若者像を体現するカマラが、“スーパーパワー”を得ることで自信をつけ、自分の未来を切り拓いていくという本シリーズの物語は、現実の世界でそれぞれに才能や可能性を持って生まれているはずの、多くのマイノリティの若者そのものともいえるだろう。様々なしがらみに苦しみながら、創造力や空想に遊ぶことができるという特技を持っているカマラは、その時点でじつは未来の社会に羽ばたける大きな力を持っていたのである。その意味で、「ミズ・マーベル」の戦いや悩みを描いた内容は、マイノリティの若者たちを励ますものとなっているといえるのだ。

 さて、2023年には、カマラが憧れる「キャプテン・マーベル」ことキャロル・ダンバース(ブリー・ラーソン)と、カマラ・カーンがともに活躍するという、『ザ・マーベルズ(原題)』の公開が予定されている。ついにカマラの夢が叶う瞬間を楽しむためにも、本シリーズが必見の作となることは間違いない。

■配信情報
『ミズ・マーベル』
ディズニープラスにて配信中 毎週水曜16:00最新エピソード更新
監督:アディル・エル・アルビ、ビラル・ファラー、シャルミーン・ウベード=チナーイ、ミーラ・メノン
脚本:ビシャ・K・アリ
出演:イマン・ヴェラーニ、マット・リンツ、アラミス・ナイト
(c)2022 Marvel

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