『ちむどんどん』上白石萌歌が体現した家族の“負” 明るく見えた比嘉家にあった深い悲しみ

  “朝ドラ”ことNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』。第10週「あの日、イカスミジューシー」は、比嘉暢子(黒島結菜)の妹・歌子(上白石萌歌)のターン。世の中はどうしようもないことばかり。それでも幸せになることを諦めず生きていかないといけないという優子(仲間由紀恵)の切実な母の想いと、暢子の愛情のこもったイカスミジューシーが歌子の凍てついた心を温めた。歌子の病とはなんだったのか。それは比嘉家の悲しみの象徴だったのではないだろうか。

 病弱ながら就職してその給金で家に電話を引くこともできた歌子だったが、体調が思わしくなく会社を頻繁に休むようになる。歌子の好きそうな芸能雑誌を持って見舞いに来た同僚の花城(細田善彦)の紳士的な優しさに心を動かされたものの、歌子の退職の日、彼はほかの女性との結婚を社内に発表する。

 このままではいけないと優子は東京の病院で診察することを決意。歌子とふたり上京する。暢子の下宿先のあまゆで歌子が挨拶すると、憧れの智(前田公輝)が暢子をみんなの前に立たせて料理人として着々と成長していることを讃える。それはまるで歌子の退職の日、たとえ退職だとしても一瞬、自分が主人公になれたことを喜んだすぐあと、別の誰かにスポットが当たって取り残されたときと同じで、二度も同じ寂しさを再び味わった歌子は完全に自己否定モードになる。

 検査しても病名はわからず、治療して現状打破する希望もなくなった。恋も仕事もしないで死んでいくだけと自暴自棄になるが、優子の「偉い人にならなくてもいい。お金が稼げなくても夢がかなえられなくてもいい。ただ幸せになることを諦めないで生きてくれればそれだけでお母ちゃんは幸せだから」という言葉と、暢子が心をこめて作った、歌子の好物・イカスミジューシーを食べて生まれ変わったように元気になる。歌子の心境はオー・ヘンリーの短編『最後の一葉』の病気になって生きる気力を失った人物のようなものだったのだろう。

 先週、歌子役の上白石萌歌がNHK番組『あさイチ』と『土曜スタジオパーク』に出演した。これまでのパターンだと朝ドラ出演者がこれらの番組に出るときは出番が終了する直前であることが多かったので、歌子は病気で亡くなるのではないかと予想する視聴者もいた。『若草物語』を意識して書かれているという話も聞く。『若草物語』は三女のベスが病弱で家族との哀しい別れがある。もしや歌子が……と心配したが、どうやら歌子は大丈夫そうだ。いろいろな前例を逆手にとった構成は狙ったものなのか偶然なのかはわからない。

 ともあれ、優子の病気は心の持ちように左右されるものだったのかなと感じたことと、もうひとつは、前述したように彼女の病気こそが、これまであまり描かれてこなかった比嘉家の悲しみを体現していたのではないだろうか。

 比嘉家は貧しいうえに不幸が重なることもよくあった。夫・賢三(大森南朋)が不意に亡くなってから4人の子供を育ててきた優子は、どんなに苦しいことがあっても感情的にならず黙々と状況を受け入れて来た。やたらと明るく振る舞うことはなく、いつも穏やかにからっとしていて、家族のリズムを安定して刻んでいる。さざなみのようなお母さん。彼女が激しく心乱れた姿を見せたのは戦争体験を思い出した夜くらいだった。

 長男・賢秀(竜星涼)が借金を繰り返しても叱ることなく、なんとかしようとするおおらか過ぎて、彼女の器は大きいのではなく穴が空いているのではないかと思うほど。ちょっと理解できない視聴者もいただろう。賢秀も反省しないで根拠なき自信を持ち続け、次女・暢子も借金はしないが気持ち的には兄と似たところがある。常識人のように見える長女・良子(川口春奈)も、傍からは夫・博夫(山田裕貴)を見る目がないように見える。皆、割と場当たり的な言動をとりがちで、家の状況や自分の状況について内省すべきではないかと思わせるところがあるが、それをすべて歌子が担っていたといえるだろう。

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