奥平大兼は映画に愛される俳優だ デビュー作『MOTHER マザー』から凝縮されたエッセンス

奥平大兼は映画に愛される俳優だ

 その姿を光にして残そうとカメラが彼を追うように、この演技を記述して残そうと画面に釘付けになっていた。奥平大兼という俳優に。

 映画の中にいる奥平を見ると、ある特殊な感覚に襲われる。観客を現実世界から引き離し、映画という虚構へといざなうその道のりにおいて、彼の演技は、虚構の先にもう一度、現実世界をちらつかせるような何かを秘めている。この虚構にいる間も、現実世界からの延長にいるに過ぎないし、この先にあるのもまた現実世界であると言わんばかりの何か。

 彼の挙動と目線には、つくりものとそうでないものがあることを明らかにしていながら、その境界線をぼかしてしまうような、現実世界から持参したらしきエッセンスが含まれている。そんな彼の姿を、カメラを通して映し取った像として、紡がれていく時間の中で見る、つまり映画の中で見ることの意義について考えたい。

『MOTHER マザー』(c)2020「MOTHER」製作委員会

 大森立嗣監督作『MOTHER マザー』(2020年)で奥平は、長澤まさみ演じる自堕落な毒親・秋子に育てられた息子の周平を演じた。奥平のうつろな瞳と物理的な佇まいが、暴力と罵倒を伴う歪んだ教育の中で培われた彼周平の無気力に直接的に作用しているのは言うまでもない。奥平の「現実世界から持参したらしきエッセンス」はもっと、周平という役の余白にも浸透している。例えば、異父兄妹の関係にあたる冬華(浅田芭路)の面倒を見るシーン(奥平は周平の青年期を演じるため、物語の中盤に初めて現れる。この登場は奥平のエッセンスを突然目の当たりにすることとなる印象深いシーンであり、映画が全体的に弛緩しない大きな要因の一つだろう)。

 「これこそが周平というキャラクターである」という特別な情報提示以外の部分、つまり、周平を形成するごく普通の青年としての余白に、奥平の自然な挙動や瞳の動き、声の調子が浸透している。奥平は、役の特殊性をしっかり全うしながら、青年の一般性を現実世界から持参し、役の余白に浸透させることで、ふとした拍子に現実世界をちらつかせてくるという高度なスキルを、若干16才にして既に手にしていたのだ。

 それを踏まえれば、『アクターズ・ショート・フィルム2』の一編『物語』(2022年/玉城ティナ監督)の、一切口を聞かずに横たわったままの美青年役に奥平が抜擢されたのも頷ける。奥平の存在感は情報に依拠しないからだ。しかしこの作品は惜しくも、奥平の発声こそが「余白に浸透するエッセンス」に大きく貢献していることを裏付けてしまったという点で、ある意味勿体無いことをしたと言えるかもしれない。

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